インサイトは「売上」につながらなければ意味がない
藤平:本日はよろしくお願いします。この連載では、「広告産業のパーパスを考える」というテーマで様々な業界の識者との対談を重ねています。今日は「インサイト」をとことん深掘りする回ということで、AIによる代替も発展も見えている生活者理解の領域で、広告会社の存在意義を考えていければと思います。
はじめに「インサイトの定義」を確認させてください。何百回も聞かれてきたかと思いますが、米田さんはインサイトをどのように定義されていますか?
米田:インサイトは人によって定義に違いがあるので、まずそれを定義することはとても重要だと思います。私が5年以上サポートさせていただいているアサヒビール社の松山社長にコンサルのご依頼をいただいたときも、まずはインサイトを定義するところから始めました。
そこで握ったのは「ターゲットの態度や行動が変容するホットボタンを見つけられたら、それをインサイトと呼びましょう」という定義です。
事業会社のマーケティングには、売上増、ユーザー数増加、ブランドイメージのアップといった目的(≒課題)がありますよね。その目的に基づいて、誰の・どんな態度/行動変容を起こしたいのかを定め、それを実現できる切り口が得られれば、それをインサイトと見なします。
藤平:なるほど。「直接的に売上を増やすことに資するものだけがインサイト」ということではなく、「目標やKPIを達成できるものである必要がある」ということですね。
米田:その通りです。「これまでは商品に興味がなかった人が興味を持つ」といった一段階の上昇でもOKです。何かしらポジティブな態度変容を起こすことができれば、間接的・中期的には売上につながっていきますから。
この「ターゲットの態度/行動変容に繋がるホットボタン」というインサイトの定義付けは、それ以来、私にとっても大きな基盤になりました。業種業界を限定しない汎用性があるので、アサヒビールさんに限らず、インサイト関連のコンサルにはこの定義を使わせていただいています。
インサイトは変化する。けれど「PDCA」の概念がない
藤平:その定義に基づき、「いいインサイト」の解像度を上げていきたいのですが、たとえば「優れたインサイトは普遍的である」とよく言われますよね。これについて、米田さんはどう考えますか?
米田:「優れたインサイトは普遍的でありながらも、変化していく」というのが私の実感です。市場環境やブランドのフェーズが変わると、以前まで効いていたインサイトが効かなくなるということはしばしば起こります。
たとえば、新商品を市場に投入したときは好調だったけれど、日が経つにつれて、どんどん売上が鈍化してくる……といったケースがありますよね。これも、発売当時は効いていたインサイトがもう効かなくなっている可能性が大きいです。

藤平:なるほど、それはイノベーター理論で考えるとイメージがしやすそうですね。「キャズムの前後で大きくインサイトが変わる」というようなイメージでしょうか。
米田:そうです、そうです。イノベーター理論で考えた場合、イノベーター層に響くインサイトと、その後のアーリーアダプター層やレイトマジョリティー層に響くインサイトは当然違います。
普遍的なインサイトのベースはあるかもしれませんが、それをターゲットやブランドのフェーズ、競合の状況などに合わせて変化・最適化していくことが求められます。インサイトは終わらない戦いなんです。
藤平:言われてみると、インサイトは企画の時点で“良し悪し”が判断されていることが多いですね。そのインサイトを表現したクリエイティブは効果測定されますが、大元にあるインサイトに関してはPDCAを回す(事後調査をする)という概念があまりない気がします。
