単発施策の寄せ集め“焼畑式マーケティング”の課題
マテリアルデジタルは、PRサービスを手がけるマテリアルグループの関連子会社であり、そのPR思想をもとにしたマーケティングで、デジタルを起点にフルファネルでブランドの成長を支援する。同社 取締役の川端康介氏は、著書『顧客を見れば、戦略はいらない 解像度を上げるボトムアップマーケティング 』(日経BP)などでも、その知見を公開している。本講演では、ROASを最大15倍に改善した事例をもとに、「焼畑式マーケティング=単発施策の寄せ集め」を脱却し、短期~長期の時間軸を設計するミドルファネル戦略へと切り替えたプロセスが紹介された。
CMやWeb広告、オウンドメディアやSNS運営など様々な取り組みを行う中で、施策単体ごとの指標を追い、目標に達していなければさらに新たな単発の施策に取り組む……という繰り返しにはなっていないだろうか。こうした単発施策がなぜ問題なのかというと、単一的な分析と評価に終始してしまい、ナレッジが蓄積されないからだ。その結果、事業やマーケティング戦略での大きなアジェンダが、いつまでたっても「次は何をすればいいのか」のまま進捗しない。
しかし、消費者は1つの接点だけで購買を決めているわけではない。その相関性を見ていきながら、各施策が消費者の変化にどう寄与したのかを見定める必要がある。
「デジタルマーケティングでは数字が可視化できるので、可視化されていないものを全部捨ててしまう極端な思考に陥りがちです。しかし、目に見えない数字の裏側をきちんと追って、消費者の変化を中長期的に設計・評価・意思決定していかなければなりません。その解決策の一つとして、短期と中長期の時間軸をつなぐ“ミドルファネル”へのアプローチが非常に重要だと考えています」(川端氏)
費用対効果の観点だけでは、戦略自体が部分最適に陥る
そもそも、なぜ施策が単発になってしまうのだろうか。ダッシュボードで表層的な数字だけを信じて意思決定してしまうことが、要因の一つだと考えられる。消費者がなぜ買うのか/買わないのかといった理由を言語化できず、売上と相関性のあるマーケティングコミュニケーションに紐づく重要指標を見つけられないのだ。たとえば便益認識率や、ブランドへの“自分ごと化”の度合いなどは、インプレッションやセッション数といった数値からはわからない。
その結果、企業の意思決定者や支援会社も見える数字の費用対効果だけを求めすぎてしまい、戦略自体が部分最適に集約され、投資という観点が抜け落ちることによって、焼畑式マーケティングが繰り返されてしまうのだ。
本講演で川端氏が語る“ミドルファネル”とは、認知と刈り取りの間で、「時間軸」「チャネル」「コミュニケーション」を設計するレイヤーを意味する。
「1回きりのキャンペーン単位で完結させるのではなく、プロダクトの便益を認識させるコミュニケーション、適切なチャネル選定、そして購入までの時間軸を設計し、フェーズごとにKPIと役割を変えながら運用するOSこそがミドルファネルです」(川端氏)
投資対効果を最大化するために、ミドルファネルが大事な理由
「単発施策」の典型例が、認知と刈り取りだけに偏った施策だ。たとえば、社名認知率を上げることを目的にCM投下を重ねるA社と、SNS広告や動画広告を軸としたコミュニケーションをするB社を比較してみよう。
A社:B社より社名認知率は高いが、指名検索は低い
B社:A社より社名認知率は低いが、指名検索は数倍高い
両社のプロモーションの内訳を見ると、A社はCMとリスティングがメインで、B社はSNS広告・動画広告が中心で、CM出稿はゼロだった。この対比から、「社名認知」の波及と、「特定状況下で指名検索される情報」の波及は別物だとも言える。
具体的な例を挙げると、電気やガス、プロバイダー、家電ゴミ回収といったサービスを利用するタイミング(CEPs/カテゴリーエントリーポイント)の一つに、引っ越しがある。
多くの企業がデジタル広告で勝負するのは、引っ越し直近の「検討期間」だ。このタイミングで情報収集を始める人は、時間に余裕がなく、評価基準を持ち得ていないため、失敗したくないという心理から「安さ」を選ぶ傾向にある。しかし競合も同じ戦略であるため、価格勝負だけでは難しくなり、認知が必要だと考えCMを検討する。けれども、膨大なコストをかけてCMを打ったとしても、引越しの機会は人生で数回しかなく、自分ごと化することは難しい。

認知と刈り取りに偏った焼畑式マーケティングでは、「1、リーチできていない」「5、CVしてCPAがあっている」層に限定したアプローチとなり、1以外の全ての施策は費用対効果だけで評価してしまい、その結果多くは負けパターンとして扱われる。
しかし「2、リーチしたが反応しない」「3、リーチして反応はあるがCVしない」「4、CVしたがCPAがあっていない」 層への施策は、果たして本当に負けパターンなのだろうか? そう遠くない未来で購入につながる便益認識率の向上という視点で投資対効果をみると、一概に負け施策と評価するには早計ではないだろうか。
「多くの企業では、こうした認知への幻想と短期的な効率偏重によって、便益認識への投資観点が切り捨てられています。投資対効果を最大化するには、このミドルファネル層をどうやってコンバージョンへと誘導していくのか、ここの設計こそが不可欠なのです」(川端氏)
【事例】ミドルファネル戦略で便益認識率を向上
ただ社名を認知されていても、プロダクトの便益が認識されないと消費者にとって選ぶ理由が見つからない状態だ。そのため、便益認識を高める領域がミドルファネルだ。
では、ミドルファネルの中でもどのような層にアプローチすればよいのか。川端氏は、あるブランドで20ヵ月間にわたった取り組みを紹介した。ここでは前半10ヵ月を「検証期・蓄積期」と位置づけ、バーニングニーズ(顧客が切実に解決を求めている課題)の発見と、便益認識を高める土台づくりに集中した。
「マーケティング戦略の話になると、市場規模や競合優位性など、どうしてもマクロな議論になりがちです。大前提としては正しいものの、実際に消費者は何に困っているのか、本当にお金を払ってくれるのかという“ミクロな視点”も同じく重要です。まずはアンケートやインタビュー、行動分析に基づき、顧客理解を徹底的に掘り下げました」(川端氏)
具体的には、顧客が今抱えている困りごとをどのような代替手段でしのいでいるのか、その代替手段では何が満たされていないのか(未充足ニーズ)、その問題を抱えている顧客の母数や年間発生率を整理した。そのうえで、「どの状況で生じるニーズが、自社ブランドとコンバージョンの距離が近いか」を見定め、今の事業フェーズにおける“狙うべき状況”を絞り込んでいった。
次に、その困りごとを「状況別 × 属性別」に分類し、どの状況下のニーズがCVと距離が近いかを検証していく。ヒートマップツールなどで行動ログを確認し、CVに寄与している可能性がある積極的な行動痕跡を分析した。
こうしたデータを、先ほどの「状況 × 属性」のマップと突き合わせると、「状況Bでは属性AとDの反応がよい」といった形で、プロダクトとの相性のよい/悪い組み合わせが見えてくる。そこから、今の事業フェーズでは、どんな状況の顧客に何を伝えると購買されやすくなるのかを設計していった。
ただし、細分化することが正しいわけではない。広告コミュニケーションは時に絞り込むことが悪影響をもたらすこともある。分析によって見えてきたCVからの距離が近い「状況×属性」の最大公約数となるコンセプトをこのタイミングで設計し、広く波及するメッセージと、深く理解できるコンテンツの開発も実施した。
潜在見込顧客が「買いたい」と思う、話題化の山場をつくる
検証期を通じてバーニングニーズが見え、新規顧客も増加していった一方で、この段階のROASは目標の3分の1程度にとどまっていた。それでも広告投下を無闇に抑えるのではなく、「便益を理解してくれた潜在見込顧客の母数をどれだけ増やせているか」を指標にし、効率的なミドルファネルへの投資を続けた。
「ROASだけを見ると、短期的には“効率が悪い負けパターン”に見えるかもしれません。しかし、その中にはプロダクトの便益を認識してくれた、近い将来の“お客様”を生み出すための投資としての観点でも評価しました。重要なのは、この便益認識した潜在見込顧客のプールをいくらの投資でどれだけ生み出せたかです。次にすべきことは、この人たちが『買いたい』と踏み切れる山場をどうつくるかです」(川端氏)
売り上げが伸び始めた拡張期では、蓄積期で増やしてきた「便益を理解している潜在見込顧客」に対して、最後の一押しとなるフックを設計する。本事例では、インフルエンサーとポップアップによる評判形成と「買いやすさの出口」を設計した。
広告やLPでは「どんな商品で、自分に合うのか」を伝え、SNSではリアルな声や評判に触れ、ポップアップで実物を体験してもらう。複数のタッチポイントでブランドを多面的に認識した結果として、「買ってもいいかもしれない」がそろった瞬間に購買が起きていく。
すでに便益認識まで進んだ層が一定数蓄積されていたからこそ、インフルエンサーと掛け合わせることでポップアップに一気に足が向き、行列が生まれた。その行列をインフルエンサーがさらに拡散し、それを見た人がまたポップアップに来るというサイクルが回り始めた。
最適化期では、さらにギフティングや反応のよかった投稿をWeb広告に二次利用し、一気にROAS効率も高まっていった。
費用対効果ではなく投資対効果で成果を見る
このように各施策の相関を考えて設計した結果、拡張期〜最適化期に大きく成果を伸ばし、販売数は検証期と比較して12.8倍、売上は15.2倍、ROASも410%と大幅に改善した。
ここでポイントになるのは、「ポップアップストアやインフルエンサーをやればいい」という話ではない。“何を成果とみなすか”という評価のものさしを時間軸ごとに変えていたことだ。
検証期は学習、蓄積期は便益認識層の母数、拡張期は話題化と買いやすさ、最適化期でROASといったように、各フェーズに応じた前提があったからこそ、一時的に数字が悪く見える局面でも「負け」ではなく「投資」と位置づけて顧客の創出を設計できたのだ。
「広告予算をうまく活用する上で、費用対効果だけでなく、投資対効果という観点が重要なことがわかっていただけたのではないかと思います。短期的だけでなく、継続的にダッシュボードを見ながら、便益認識率を高め、未来のお客様にきちんと投資をしていくことが大切です」(川端氏)
最後に、川端氏は本講演のポイントを下記のように総括した。
「便益は、消費者が求める言葉に翻訳して伝えることがポイントです。また、投資は未来のお客様をつくるコストとして捉えられるかどうかが重要になります。そして、投資した予算をきちんと回収するための設計が必要です。ここまでの話で、ミドルファネルが不可欠だということがご理解いただけたのではないでしょうか」(川端氏)
マーケティングの頭打ちにお悩みの方におすすめ!
事業が伸び悩んでいるのは、戦略の「前提」が古いからかもしれません。データと現場のファクトからミドルファネルを再設計し、広告運用・クリエイティブ・PRまで一気通貫で伴走支援します。本記事の内容を自社の成長に落とし込みたい方は、株式会社マテリアルデジタル公式サイトからお気軽にお問い合わせください。

