生成AIの導入は進んだが、「期待ほどの成果が出ていない」と感じる組織は多いのではないか。スタンフォード大学の研究者らは、AIが生む“見かけ倒し”の成果物を「ワークスロップ」と呼び、安易な活用がかえって業務を非効率化させると警鐘を鳴らす。では、どうすればAIで事業価値を高められるのか。AEOのプロフェッショナルでありSpeeeのマーケティング責任者を務める藤井慧里氏が、AIマーケティングへの投資戦略のポイントを整理していく本連載。第5回ではSpeeeが1年でROIを2倍にした現場の事例と、「AIセントリック」で事業構造そのものを作り直す挑戦から、AX(AIトランスフォーメーション)成功の要諦を探る。
AI導入も「期待以上の効果」はわずか10%、米国は45%──日本企業の“AI疲れ”
貴社のAXは、本当に事業の成果につながっていますか? 生成AIツールを導入していない企業は、いまや少数派でしょう。しかし「導入している」ことと「利益を生んでいる」ことの間には、驚くほど大きな差があります。
2025年以降、多くの企業で生成AIの導入が進み、メディアやSNSでは「月の労働時間が◯時間下がった」「タスク管理が全部AIになって世界が変わった」といった文句が躍ります。AIラーニングやAI構築ビジネスも隆盛し、AIによる労働からの解放や創造性の民主化に関する情報を目にしない日はありません。
一方で、AXに成功して実際に売上・利益が上がったという話は、そう多くは聞きません。少し踏み込んで私見を述べれば、AIの恩恵を享受している最大の存在は「AI導入支援でマネタイズしている業者」であり、AIを導入した事業側が十分な恩恵を受けているケースはまだごく少数ではないでしょうか。
実際、PwC Japanの2025年春調査では、日本企業のAI活用率は56%に達した一方、4分の1が期待未満の結果。「期待を大きく上回る効果」を得た企業はわずか10%にとどまり、米国の45%との差は前年より拡大しています。
さらにパーソル総合研究所の2026年3月調査では、生成AIで浮いた時間の61.2%が仕事に再投下され、そのうち75.4%が定型報告や問い合わせ対応といった「日常の業務」に吸収されていることが明らかに。生成AIが“業務の無限ループ”を生んでいる、との指摘もなされています。
現場でも、こんな光景に覚えがないでしょうか。
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AI活用が個人のメール作成や調べ物の短縮化にとどまり、事業インパクトが出ない
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AIの出力が文脈に合わず、結局修正工数がかかる
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見栄えは良いが実質的な内容を伴わず、タスクを前に進めない成果物ばかり量産される
この低品質なAIアウトプットを、スタンフォード大学ソーシャルメディアラボとBetterUp Labsの研究者たちは「workslop(ワーク=仕事+スロップ=残飯・汚水)」と名付け、AIの安易な利用がかえって業務を非効率化させるリスクを指摘しています。
では、どうすれば“ワークスロップ現象”を起こさず、AIで事業パフォーマンスを上げられるのでしょうか。Speeeで実際にAXを進めた2つの対照的な事例から、その答えを探ります。
事例1:1年でROI2倍──AI民主化で景色が変わったセールスアナリシスチーム
当社の社内表彰「ベストプロダクティビティ賞(生産性向上による事業インパクトが大きい個人・チームに贈られる賞)」を受賞したのが、筆者直下のセールスアナリシスチーム。新規提案時に見込み顧客ごとのマーケティング戦略を立案し、投資価値を可視化することで経営層の意思決定を支援する部署です。彼らの1年間の成果は次のとおりです。
- 実質稼働人数を半分以下に削減しながら、同じ仕事量をこなす
- 商談資料の品質向上により受注率も上昇
- 余剰工数で若手が新領域に挑戦(6年目MGRは経営ポジション、3年目は他部署のAI化支援、1年目は新規事業の立ち上げに参画)
- AI有料アカウント費用を加えてもコストは前年比110%、一方で利益創出額は前年比200%。組織ROIは約2倍に
きっかけはトップメッセージと、新卒5年目MGRの即応
2024年10月の当社総会で、代表から「AIという大きな潮流を捉えた事業展開」「AX推進」のトップメッセージが発信されました。これにいち早く呼応したのが、当時新卒5年目のセールスアナリシスチームのマネージャーです。
「本気でAXを進めるなら、ボトムアップでのAI民主化が重要。セールスアナリシスをその先端事例として作り上げたい」──目標設定面談での彼女の宣言に対し、筆者は「AXにかかるコストとパフォーマンスの目論見を必ず提出する」「ROIが合わなければプランを練り直す」ことを約束事として提示しました。
“高度な技術”という先入観を外し、小さな成功体験を積む
彼女がまず着目したのは「高度な技術を駆使しなければ解決できない」という先入観こそが、AI活用の壁になっている現状でした。具体的には以下の3つ。
- 製品の多さとアップデートの速さに圧倒され、学習コストを高く見積もりすぎる
- 言語化が粗いために期待する回答が得られず、「AIでは不可能」と即断する
- いきなり大規模な効率化を狙い、技術的な実装が追いつかず挫折する
「一見難しそうなことも、実はシンプルに実現できる」という認識への転換が不可欠だと考え、あえてツールを絞り込み、小さな成功体験を積み重ねるアプローチを採用しました。
最初の一歩は、Google Geminiの「Gem」で商談資料作成前にストーリーを壁打ちするAIを構築すること。メンバーにとって「せっかく資料ストーリーを組んでも営業やセールスアナリシスの先輩からダメ出しをもらう」というストレスを軽減する、身近で効き目のある領域から始めたのです。
便利さを実感したメンバーは、次々と「これってAIでやったほうが良くない?」という業務をリストアップ。各自がAI化を試し、良ければ全員で使う──この繰り返しで資料作成工数を大幅に削減し、資料が独り歩きしたとしてもエンタープライズ顧客の経営層に高く評価される品質を実現しました。
早期に利益転換できた4つのポイント
この取り組みにおけるポイントをまとめると、以下の4つとなります。
- 事業成果責任者がAX推進責任者を兼ねた:売上・利益を追う人材が目的意識の最上段にAXを置くことに大きな意味がある。かつ、AIフレンドリーで内発的動機を持つ責任者であることも重要。
- AX推進責任者のKPIを「組織全体のROI」に設定:投資判断を都度行い、確実にROIが改善するプランから順に採用。短期的にでも赤字化する可能性があるプランは不採用とする方針を明確化。
- 現場のカイゼンベース:取り組み初期に個人のAIレベルを底上げしたことで、現場から次々とROI改善プランが生まれた。トップダウンのAI専門家主導では、このスピード感は出なかったはず。
- 工数余剰=次の挑戦へ:空いた工数で新領域に挑戦することで、スモールサクセスを重ねた手触り感のある組織変革につながった。
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- この記事の著者
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藤井 慧里(フジイ エリ)
飲食業界での企画・コンサルティング職を経て2014年Speeeに参画。デジタルマーケティング領域においてクライアント支援に従事し、事業成長実現の実績多数。その後コンサルティング組織のサービス品質管理責任者として、変革推進・人材育成に従事。2020年よりセールス&マーケティング部の部長として、自社のマーケティングDXとセールスイネーブルメントに着手。無形商材販売という属人的になりがちな領域におけるイネーブルメントメソッドを開発し、着任から2年で歴代最高売上記録の更新...
※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です
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