自由化が変えた"当たり前"――東京ガスでブランディングが必要になった背景
MarkeZine:今回は、140年超の歴史を持つ東京ガスがどのようにブランドを再定義し、エビデンスに基づいたマーケティングを実践されているのかをお話しいただきます。はじめに、近年の市場環境の変化について伺えますか?
兼子:東京ガスは1885年の創業以来、「人々の暮らしをよくするには?」を問い続けて事業を拡大してきました。創業期は暗い夜に光を灯す「ガス灯」の普及、高度経済成長期にはお風呂や調理ガスの導入を進め家事負担を軽減する熱源転換を、そして公害問題が深刻化した時代には「東京に青い空を」と願ってLNG(液化天然ガス)を導入するなど、常に社会課題の解決を自らの変革の原動力としてきました。
MarkeZine:そうしたDNAがある中でも、2016年の電力自由化は大きな転換点だったのではないでしょうか。
兼子:はい。かつては地域独占の中で「インフラとしてあって当たり前」の存在でしたが、電力自由化によって、お客様に「意識的に選ばれる」存在になる必要が出てきました。しかし、エネルギーという商材は基本的に「低関与」です。たとえば、引っ越しの際に冷蔵庫やテレビを選ぶときはワクワクしますが、ガスや電気の契約は「事務的な手続き」になりがちですよね。ガス・電力は、ブランドが介在する余地が非常に少ないというハードルがありました。
(※肩書はインタビュー時点のもの)
無色透明で見えない、意識も向かない……電力・ガスのブランディングの難しさ
MarkeZine:たしかに、エネルギー会社のブランディングは一般的なBtoC商材・サービスにはない難しさがありそうです。
兼子:そうですね。ほかの業種業界と比較して、エネルギーは「メンタルアベイラビリティ(ブランドの思い出しやすさ)」が極端に低いカテゴリーです。実際、普段の生活で電気やガスのことを考える瞬間はほとんどありません。「無色透明」で「見えない」存在であるインフラが、どうやってお客様の頭の中に顔を出すか――そこに最大の挑戦がありました。
佐藤:また、昨今改めて感じているのは、従来の「安心・安全・信頼」というイメージだけでは不十分だということです。これらは業界における「POP(Points of Parity:あって当然の価値)」であり、選ばれるための決め手となる「POD(Points of Difference:独自の強み)」にはなりません。東京ガスが長年築いてきた「安心・安全・信頼」というアセットを活かしつつ、「くらしのプロ」として生活者に選ばれる存在となれるよう事業変革を進めてきました。
