どういう目的でExcelを学ぶかを明確にし、適した書籍を選ぶ
――翔泳社ではExcelに関する書籍を2点、1月に刊行しました。職種に関わらず、Excelを使う方は多いと思いますので、ぜひお二人に「Excelとの付き合い方」について広い観点でお話しいただければと思います。よろしくお願いします。
小野:Biz.Improveの小野眸と申します。私はもともと総合商社に入社し、IT部門に配属されて基礎を叩き込まれました。そのときは、100%理想的なシステムを作ればみんなが正しく使ってくれると考えていたんですが、そうとも限らないことにだんだん気がついてきました。たとえ一生懸命作っても、機能を使ってもらえないことが多々あるんですね。そこで、作る側ではなくユーザーのスキルを高めるサポートができればと思い、社会人教育と業務改善のコンサルティングの仕事を始めました。
『なぜ、あなたのExcelは「パッとしない」のか? いまさら聞けない社会人のための再入門』(以下『あなたのExcel』)は、現場の声を集めて対応策をまとめたものです。講習や業務改善提案などをやってきた中で受けてきた質問や相談を、九つの事例として紹介しています。単純なノウハウやハウツーではなく、資料を作るにはどういう考え方で作ればいいのか、そしてそれをExcelを使ってどう形にするか解説しています。
田中:ギックスの田中耕比古と申します。もともとはアクセンチュアにいて、その後IBMでデータ分析の仕事を行なっていました。ギックスはそのときのメンバーで作った会社で、ビッグデータの解析が生業です。メイン事業ではExcelというよりAWSやAzureでデータを分析して、その結果をTableauやPower BIで集計したりビジュアルで表現したりしています。最近はツールが発達してそういうことが手軽にできるようになりましたが、10年前くらいに我々が戦略コンサルタントとしてやっていたときはExcelを使っていました。ただ、当時もいまも共通しているのは、数字を見て、何をアウトプットし、それをどのようにビジネスに繋げるかが大切だということです。
そのため、『数字力×EXCELで最強のビジネスマンになる本』(以下『数字力』)は数字力とExcelのかけ算になっているものの、数字力がメインです。しかし、実際に数字力をビジネスに活かそうというとき、多くの方の目の前にあるのはExcelです。本書はExcelを使って実践的に数字力を体現するための解説書ですね。
『あなたのExcel』とは同じ目的を目指していると思いますが、アプローチが違いますね。小野さんはExcelの使い方を基軸として資料作りの考え方を説明していて、僕は数字で考えるようになるときに使うツールとしてExcelを紹介しています。切り口は異なりますが、大事なところは共通していると感じます。
小野:本来、仕事でExcelを活用するなら『数字力』くらいのことが必要だと思います。ですが、その前の段階で困っていたり、低いハードルを高い壁だと感じたりしている方が多いので、『あなたのExcel』では壁がそれほど高いものではなく、簡単な回り道もあることを書いています。自分でも使えるかもしれない、と感じられるようになってもらいたいんですね。
石原(『数字力』担当編集者):問題意識は同じでしょうね。『数字力』でも、Excelの難しいテクニックは紹介しないようにしました。そういうことを覚える前に学んでほしいことにページを割いたんですよ。
田中:そうなんです。『数字力』のExcel解説ではVLOOKUPやピボットテーブルは含まれていませんし、関数もSUM、SUMIF、SUMIFS、COUNT、COUNTIF、COUNTIFS、AVERAGEと、よく使うものしか説明していません。いますぐ数字を集計しないといけない方は『あなたのExcel』のほうが適しているでしょう。ですが、数字が目の前にあり、それを分析しなければならない立場であれば、この七つの関数で「何をするか」を考えていただくとよいと思っています。実際、これだけでだいたいの分析が可能です。もちろん、もっと効率的に作業をしたければピボットテーブルを使えばよいのですが、本書では第3章で取り上げた「売上分析」のケーススタディで使用した表を、第5章においてこの七つの関数だけを用いて実際に作っています。
小野:セミナーに来る社会人の方も独学してはいるんですが、関数は60個必要だとか、ダイアログボックスを使わず直接入力をしないとダメだとか、そうしなければいけないという感覚でいるんです。しかし、難しい関数を使うことが目的ではなく、何のために関数を使うかが重要ですよね。田中さんのおっしゃる七つの関数で目的が果たせるなら、それでいいわけです。
田中:『あなたのExcel』を拝読して、例えば「無駄な色は使わない」はそのとおりだと思います。関数もそうですが、学び始めの段階では使わないほうがいい機能はけっこうあるので、『あなたの Excel』を読めば、本当に重要なテクニックがクリアになるのではないかと感じました。大事なことにだけ注力しようという考え方は『数字力』と共通していますので、結局はどちらの方向から学ぶかの違いではないでしょうか。
小野:どちらが欠けてもダメなので、両方読んでほしいですね。
田中:2冊とも読んでいただいて同じことが書いてあれば、それが大事なことなのだと分かります。ですから、結果的にはより効率よく学べるように思いますね。
『あなたのExcel』には僕が書かなかったことがしっかり解説されています。数字を集計するというのは考えたり気づいたりする作業だと思いますが、その結果を誰かに伝えなければなりません。それはつまり資料作成です。Excelには数字を見て気づいたことを表現する機能があって、小野さんはそこを丁寧に書かれています。逆に『数字力』は気づき方に注力しているわけですね。
「Excel」を取り上げた意図
秦(『あなたのExcel』担当編集者):2014年末から、出版業界ではちょっとしたExcel本ブームが起きています。昔は、仕事でExcelを使わないといけない方がツールのマニュアルとして購入し、使い方を覚える目的の書籍が大半でした。ところが、最近はExcelの使い方だけでなく、Excelをどうビジネスに活用するかという考え方も一緒に学べる書籍が増えています。そういう意味で、Excelのノウハウだけでなくビジネスの考え方も含めて解説することの重要性を感じたのが『あなたのExcel』を企画したきっかけでしたね。
小野さんは現場の声を知っていらっしゃる方ですので、それをもとに内容を詰めていきました。けっこうExcelに関していろんなことを訊かれるそうです。
小野:先日もマクロ入門のセミナーを行なったんですが、最後に「ウィンドウを二つ並べるにはどうしたらですか」と質問されたんです。マクロが理解できるほどのスキルがあるのに、そこは知らなかったんだと驚いたのが本心ですね。これは特別な例ではなく、皆さん思わぬところでつまずいているのが本当だと思います。そうしたつまずきを解消して、自分が本来Excelでやるべきことを手際よくやってもらいたいですね。
――『数字力』のほうはいかがでしょうか。
石原:10年くらい前は「Excelの入門」というだけで売れていた時代がありました。ただ、いまはExcelは日常的なツールとなり、入門的な内容だけでは売れなくなりました。だとしたら、別の切り口のExcel本を作りたいという考えがあったんです。ビジネスシーンで数字を扱ううえで最も使われるツールがExcelということで、この二つを合わせようと思って企画した書籍です。
調べてみると、Excelで数字を扱おうという書籍は統計分析など非常にレベルの高いものが多かったんですよ。ですが、単純に数字を扱うのが苦手な人もいるでしょうし、どう分析したらいいのか分からないという方もいるでしょう。つまり、統計分析よりもっと手前の段階の内容にニーズがあるのではと感じたんですね。そこで、数字力とExcelをかけ合わせた書籍は面白そうだということで企画に至りました。
田中:ただ、石原さんが思っていたよりもExcelに関する部分は薄くなりました(笑)。本書の構成は、前半が「数字力」をベースに、例えば「売上が下がっている」という事実だけで思考を止めず、「売上は下がっていても利益が上がっているからよいのではないか」というような議論ができるようになろう、ということを論じています。後半でその議論を下支えするためにExcelを使えるようになろうという構成なんです。後半がExcelではなくPowerBIなどであっても前半の内容はは成り立ちますが、やはり多くの方が手軽に使えるのはExcelですから、後半をExcelにした意味はありますよね。
Excelの知識はどうやって身につける?
石原:書籍の打ち合わせをしているとき、田中さんが実際にExcelを使ってみせてくれるんです。ショートカットキーを駆使するので操作がものすごく速いのに感動しました。そうしたテクニックをどうやって身につけたのかうかがうと、先輩に教えてもらったものもありつつ、自分で編み出したものがほとんどだとおっしゃるんです。
田中:実際、あまり体系的に学ぶ機会があったわけではないんですよね。十数年、積み重ねてきた中で自然と身についてきました。昔は1日22時間くらい仕事をしていたので、もうExcelとPowerPointはお友達ですよね。家族よりも意思疎通ができてしまうくらいで(笑)、予想しない挙動が出てくるたびに操作が洗練されていきます。アップデートで操作や機能が変わると、慣れるのにかなり苦労しますね。そういう意味では、きちんとした解説書を読むほうがスキルアップの近道だと思います。
小野:私は自分で作業するほうではないので、ショートカットキーは一部しか使いません。訊かれて答えることがありますが……。とはいえ、使わなくなるとどうしても現場のことが分からなくなるので作業もしますね。セミナーでもショートカットキーを知らない方のほうが多いので、必要なものを徐々に覚えてくださいと伝えています。
田中:やりたいことを関数で実現するなら必ずしもショートカットキーを使う必要はないですからね。Excelの見栄えも同じで、当初の目的を達成できたかどうかが重要であって、見栄えをよくするのは目的ではありません。目的があり、その実現手段としてExcelがあるだけなんです。ですから、伝えたいことが伝わるようになっていればいいと思いますね。
例えば単にセルに色がついているからパッとしているのではなく、そのセルにその色がついていることによって伝わりやすくなっているなら、そのExcelはパッとしているといえるでしょうね。Excelの使い方を学びたいという方は、まず自分が、Excelを使う際に、どの程度目的を達成できているかを問うてみてほしいですね。
――達成できていないとしたら、どのようにExcelを使えば達成できるのか、学ぶポイントが明確になりますね。
小野:セミナーに来る方は自分のExcelがパッとしていないと感じていると思いますが、自分ではきちんとできていると思っている方だと学ぶ意識が生まれにくいですよね。非効率的なことをしていても、それがベストだと思ってしまっているわけです。人それぞれに使い方もありますし、まずは田中さんがおっしゃるように自分の中で疑問を持つことが大事だと思います。
田中:自分の作業が全体のプロジェクトのどの部分にあたるのか、やっていることが目的に沿っているのかといったことは常に確認しなければいけません。そして最終的なアウトプットとしてのExcelファイルがビジネスでどう使われるのか考えてみてほしいですね。もちろんそれはExcelに限らず、PowerPointやWordを使う場合でも同様です。
小野:たまにExcel 2003で知識が止まっている方もいますが、どんどん便利になっているので、できるだけ最新のバージョンを使ってくださいとは言いたいですね。
田中:『数字力』では自分が作ったExcelファイルを自分で検証することを前提にしていますが、実際の業務ではファイルを他人が使うこともよくあります。そういうときは変数化したり別シートに切り出したりして、あらかじめ他人が使いやすいように作っておかないといけませんよね。これもExcelが使えるかどうかにおいては大事なことでしょう。
自分の課題がはっきりしている方は『あなたのExcel』で解決するのがいいと思いますね。逆に課題がもやっとしていて、でもスキルを向上したい方は『数字力』で考え方から学ぶのがいいのではないでしょうか。小野さんは目の前の課題を解決する作業能力、僕は成果に繋がる数字の解釈能力を身につけることを優先しているだけですから。どちらの能力も身につけるのがベストですが、職種によっては片方だけでも充分かもしれませんね。
「Excelが使える」ってどれくらい使えればいい?
――小野さんのお話にありましたが、Excelを活用できていると思えている方がいる一方で、どのレベルだと「Excelを使えている」と見做していいのか難しいところがあります。例えば、求人情報の応募条件でよく「Excelが使える」とありますが、これはどのレベルのことを指しているのか、お二人はどのようにお考えでしょうか。
小野:評価基準は曖昧ですよね。資格はありますが、それが社内で活かせるのかどうかは分かりません。操作方法と機能を知っていても、資料を作るためにどう活かせばいいのか分からないということもあります。それは業務知識や考え方が足りていないからですが、そこを測るのは難しいですね。
田中:英語も同じで、TOEICで高得点を取っていてもビジネスの現場で話せるとは限りませんよね。ですから、「〇〇という本に書いてあることが全部できる人」と書いたほうがいいのではと思うこともあります。そのほうが目標が明確なので努力しやすいでしょうし、英語と違って本に書いてあることができるかどうかは自分で分かりますからね。募集している側も、いきなり「Excel使えます」と言われてもどう評価したらいいのか困りますよ。ですから、請求書を作れる、請求の消込や売上計上の管理簿を作れる、その結果を集計できるなど、実際の業務と紐づけて書くのがいいかもしれません。
「Excelを使える」を強いて一般化すると、VLOOKUPとピボットテーブルが使えるくらいではないでしょうか。ピボットテーブルを使う仕事をしたことがあるというのは、例えれば「アリアハンを出た」くらいに相当すると思いますね(笑)。けっこう高度なようですが、奥深いExcelの世界と言う意味では入り口です。ただ、もちろん世の中の全員がそこまで使いこなす必要はないと思っています。
小野:Excelのスキルレベルに関しては、漠然としてしまうことがよくありますね。私は受講者にマンツーマンで教えることがありますが、どういうことを学びたいのか質問しても単に「Excelを学びたい」とおっしゃる方がけっこういるんです。そこから「いま何ができるのか」「何をするためにExcelを使うのか」といったことを一つずつ訊いていきます。ですから、求人情報にしても、自分で計算式を作ったことがあるか、誰かが作ったものを直したことがあるかといった細かい実務を書いておくといいと思いますね。
VLOOKUPやピボットテーブルが使えるかどうかも、評価基準にするには怪しい気がします。例えばVLOOKUPを使っていても、絶対参照をしていなかった方が過去にいたんですよ。そういう方でも、自分ではExcelを使えていると思ってしまいますよね。
田中:それは使えていませんね(笑)。
これからExcelとどう付き合っていくか
――いまほとんどの方が仕事でExcelを使っていると思いますが、これから我々はExcelとどう付き合っていけばいいのでしょうか。
小野:多くの方が道具に振り回されているので、Excelの使い方を覚えないといけないと思ってしまっています。ですが、道具は変わっていくものですから、道具だけ見ているとその場その場で右往左往してしまいます。本当に学ぶべきことは根本的な部分――積み上げてきた数字をデータ化し、分析し、そして活用するということです。そこのスキルを身につけてもらいたいですね。
田中:ツールが何であれ、やりたいことありきでいいと思います。その人にとってExcelが便利であればExcelを使えばいいんです。自分がやりたいことをExcelで効率的に実現する方法を学んでいけばいいでしょう。
たとえGoogleスプレッドシートのようなほかのツールが広く使われるようになったとしても、やりたいことを実現するための機能は何かしら存在するはずです。ExcelのSUMIFにこだわるのではなく、その関数で行ないたい「条件を指定した集計」という行為をどう効率的に実現すればいいのかと考えていれば、ツールが変わっても対応していけるでしょう。どんなツールでも、ほどよい距離感で付き合ってもらえればいいですね。