店長経験者にデータの読み解きを任せる

西口:吉野家は歴史ある老舗企業ながら、田中さんが主導する形でデジタルやデータ活用にもとても積極的ですよね。アプリの開発や、Tポイントによる顧客分析だったり。前に、店長経験者をデータ分析の担当者に置いていると聞いて、これはすごくいい取り組みだなと思ったんです。この意図と現状をうかがえますか?
田中:Tポイントを導入して、これまで経験と勘と度胸でやってきたことが、数値で明らかになったわけですよね。男女比や地域特性などに対する感覚が当たっていた部分も多かったと思いますが、データが得られたことで、漁にたとえるとまき網ではなく一本釣りが可能になった。
同時に吉野家の強みと弱みもわかりました。ただ、データだけがあってもゴミですよね。そこにちゃんとしたビジョンがなければいけない。それは僕が設計しますが、でも現場に本当に役立ててもらうためにはそれでも足りないんです。そこで店長経験者の力が必要だと考えました。
西口:データサイエンティストのような専門家ではなく?
田中:そういう人の手を借りることもありますよ。でも、大事なのは「このデータを使って自分の店がどのようによくなるか、お客様がどんなふうに喜ぶか」を店長が具体的に描けて、実行できることです。そこは、プロの技能やスピードでも補えない。現場を知らないから、ブレイクダウンできないんです。
西口:なるほど……その微調整が、店長経験者ならできると。
田中:そうです。データのプロじゃないので、まだ試行錯誤していますが、既に手応えはありますね。生のお客様を知っているから、そこにデータが加わると立体的になる。彼らの貢献度は大きいです。
「ひと・健康・テクノロジー」の順番が大事
西口:アパレルなどでも、現場経験者をECのマーチャンダイズに活かすといった話はよく聞きます。AとBの組み合わせが売れるからといって、そればかりやると枯渇するけど、現場を知る人はその情報から「ならばCとDも売れる」とわかる。だから発展性がある、と。

田中:まさに、そんな感じです。なぜそうなのかも説明できる。もっというと、店舗ってパッと入って「なんか気分がいいな、さわやかだな」という店がありますよね。確かにQSC(クオリティ・サービス・クリンリネス)のスコアは高いし売上も高い。でもそれだけじゃない。
西口:僕も小売をやっていたのでよくわかります、お店の「気」というか。働く人のモチベーションもすごく関係しているはず。データ活用の話も、まさに右脳と左脳ですね。
田中:店舗の空気感にも、完全に数値化はできないまでも、現場の経験があればもう少し測れるかもしれないなと思っています。ただ、データ活用もテクノロジーの導入も、絶対にブレてはいけないと思っているのは「人が人らしいサービスをするために使う」ということです。
3年前、若手社員を交えて長期経営ビジョン「NEW BEGINNINGS 2025」を策定し、そこで「ひと・健康・テクノロジー」とキーワードを挙げているんですが、この順番が肝心です。テクノロジーはいつの間にか、使うことが目的になりがちですが、僕らは人が最高のサービスと最高の体験価値を提供するために使っています。つまりあくまで手段なのです。この定義がとても大切だと思います。