気づきがなければ、何も始まらない
富永氏も自身のビジネスから気づきを得ることは大切だと、夜空の「星」を例に話した。星の概念がまだ解き明かされていなかった時代、それはただのノイズや背景だったかもしれない。だがそこで好奇心の強い人が、毎日配置が違うことに気づき、深堀りしてみようという態度で仮説を立てて『こういうものでは』とつかんでいったのだろう。
それと同じで、「あらゆることに自分なりの仮説を持って接することが大事」と富永氏は提唱する。

「気づきからすぐにインテリジェンスに昇華するのは難しいが、最初の気づきがなければ始まらない。何かにつけて『なぜこうなのか』と考えるクセをつけることで打率は上がる」(富永氏)
そのベースにあることとして、富永氏は業態も幅広い過去の転職経験を含めて「まずは観察することがいちばん大事」と強調する。
どういう理屈で組織が動き、モノが売れているのか。店舗がどう回り、お客様がどのような印象を持っているか。その理屈や実態の結果が、たとえば売り場の細かい工夫などのディテールに表れている。マーケティングも同じで、人が最初に『欲しい』と購買の動機を抱き、買って、使って、感想を抱きシェアするまでの一連のプロセスを観察することを重視しているという。
調査では顕在化した問題しかわからない
両氏が話す「気づき」を得るのに、定量調査はひとつの客観情報になるものの、両氏ともさほど重視していない姿勢が共通していた。石橋氏は、新商品や新サービスならば「仮説をもとに実際にアクションしてみて、レスポンスを参考にトライ&エラーを繰り返す。調査が重要な業界やカテゴリーもあるので否定はしないが、当社ではさほど必要ないと捉えている」と話す。実際、同氏がネスレ日本に入社した30数年前から、市場調査部の規模は3分の1ほどになっているという。
「調査には限界がある。なぜなら、顧客が気づいている問題しか出てこず、その解決はリノベーションにしかならないから。それも大事だが、やはりイノベーションを起こすには、顧客が気づいていない問題を見つけないといけない。その種は調査からではわからないので、仮説を持って行動するしかない」(石橋氏)
調査に替えて拠り所になっているのは、顧客のインサイトだ。これを富永氏は「意図」、石橋氏は「ニーズステーツ」という言葉でそれぞれ解説する。
「前提として、ビジネスでは知らず知らず“当たり前”に捕らわれたり、小さな違いばかり見てしまったりする」と富永氏。そうしたことを背景に、前々職で携わった西友では「ターゲット像を明確にする」という当たり前を見つめ直し、来店者の「意図」を抽出して共通点を見出すというマーケティングを展開した。
具体的には、夕食の準備、セール目当て、などスーパーマーケットに来る意図を顧客インタビューとPOSデータから分析して整理し、競合店と比較して自社の強みと弱みを把握、強化ポイントを見極めることで差別化を図ったという。