市場創造と需要開拓により重きを置く
――歴史の長い日本企業だと、マーケティングが広告や販促活動と捉えられていたり、そもそもマーケティングを冠した部署がなかったりすることも多いと思います。御社ではいつからマーケティング本部を置いているのですか?
本部として立ち上がったのが、7年ほど前だったと思います。それまでは営業組織内の商品開発企画部という部署が、お客様のインサイトを把握したり、需要開拓の可能性を探ったりしていました。商品企画のもっと前段階の、市場や世の中を見るところから担っていたんです。
生活者の環境や価値観の多様化などもあり、そうした活動がますます大切になっていることを受けて、機能と名称を合致させ、総合的なマーケティングに注力するようになりました。現在は、施策に関してはまた別にある広告やデジタルのチームと相談しながら進めますが、基本的には各マーケティング部が事業の全体戦略を描き、かつ売上や利益の責任を持っています。より市場の創造や需要の開拓に重きを置き、未来予測や過去の分析も含めて、マーケティングの視点で物事を見ることを徹底しています。
――そうした本質的な役割をマーケティング部が担っている体制は、日本企業ではすごく珍しいのではないかと思います。P&Gさんやネスレさんのような外資系の、マーケティングドリブンの企業に近いですね。
まさに、当社もマーケティングを大切にしている会社だと思いますね。その事業戦略のドライバーが我々マーケティング部だと認識しています。
振り返れば、そもそも創業の原点に、そういう姿勢がありました。グリコという社名は多糖類栄養素のひとつであるグリコーゲンに由来していますが、元々創業者が「子どもにたくさん栄養を摂ってほしい」という考えからグリコーゲンに着目し、それが赤い箱のキャラメル製品「グリコ」になったんです。グリコーゲンを多く含む牡蠣の、その煮汁が漁師さんに大量に捨てられていることがわかって、調べたら煮汁にもグリコーゲンが入っているからそれを活用しよう、と。1920年前後の大正時代のことですね、まだ栄養不足で命を落とす子どもも多く、創業者の息子も体が弱かったそうです。また今年は、創業者が有明海の早津江川の河原でグリコーゲンに出会って、100年目に当たります。まさにグリコが、世の中の人の健康の向上を目指し、動き始めた年です。
今、世の中に何が求められているのか
――創業の発端が、今の世の中に何が求められているのか、という視点にあったのですね。
そうですね。1921年に「グリコ」を発売し、それをメジャーにするべく翌年に大阪の三越に置いてもらったんですね。後から、その日を当社の創立記念日にしたくらい(笑)、我々の根幹にある商品です。この原点にある、広く世の中のためになりたいという思いと、健康という観点が脈々と当社の企業文化に根付いています。親子の健康増進を目的に1934年に設立した「母子健康協会」(※現在は公益財団法人)も、企業理念である「おいしさと健康」をずっと言い続けていることも、その表れです。
今では定番の一般菓子もたくさんありますが、製菓という業態もグリコーゲンに着眼した後に決まったものなんです。「グリコ」開発以前、創業者は薬の卸問屋をしていたので、薬にするという案もあったと思います。それでもお菓子にしたのは、そのほうが、薬よりももっとたくさんの人に手に取ってもらえるからです。
――とても興味深いです。具合が悪くなるのを未然に防ぐ方向のアプローチですね。今、木村さんの部署ではどのようなマーケティング方針を立てられているのですか?
そこに今おっしゃった、よりたくさんの人に手に取ってもらえるようにという考えも活かされているのでしょうか。
商品の必然性を伝えるには、前提として顧客の個々の生活から社会全体の課題まで、非常に広い視野で現状を知ることが必要です。その上で商品につながるコミュニケーションを展開するのは、ただスペックを伝えるよりもずっと複雑です。でも、それこそが需要を作る活動だと考えています。
健康のメソッドは続けることが大変です。食べたもので体は作られることからも、続けていくためにはおいしさが必要です。「創業の精神に立ち返ろう、企業理念である『おいしさと健康』を実現しよう」と、僕はいろいろな場でお話ししているんです。たとえば「アーモンド効果」は2013年に新発売しましたが、当社とアーモンドの出会いは1930年。創業者がアメリカ産業視察団の一員として渡米しナッツ専門店で食べたアーモンドが、グリコとアーモンドの出会いでした。
数年後、創業して3番目に、キャラメルにアーモンドを入れた「アーモンドグリコ」を開発し、当時日本で知られていなかったアーモンドが全国に知れ渡りました。その後も、アーモンドに関する研究を続け、日本人にもなじむ風味の飲料化に成功しました。アメリカでは、牛乳アレルギーへの対応や乳脂肪を避けるような対策的な切り口で「アーモンドミルク」が定着していましたが、当社では健康ドリンクとして打ち出し、今その点を改めて強化しています。
当社は旧・グリコ乳業(※2015年に合併)が培ってきたチルドタイプの製品を得意としてきました。「アーモンド効果」のような常温保存の製品には知見が少なかったのですが、それでも顧客の健康に寄与すると考えて市場に切り込んで、今ではファンの方も増えてきました。最近ではカリフォルニア・アーモンド協会さんや日本ケロッグ合同会社さん、東京の人気ラーメン店の麺屋武蔵さんなどとコラボしたり、理解を深めていただくためのデジタル施策に注力したりしています。

現代の環境を踏まえて創業の精神に立ち返る
――現在の商品展開に、創業の精神を一層込めているのですね。
ええ。先ほどおっしゃった“未然に防ぐ”という、予防の観点もそうですね。当社だけでなく近年の健康食品の取り組みは、既に高リスクな人に対して商品を提案する「ハイリスクアプローチ」ではなく、現段階ではその可能性が低い人も含めて幅広い層に提案する「ポピュレーションアプローチ」に寄っていっています。予防医学の考え方ですね。
健康経営でも言われている、病気で会社に来られない人に働きかける「アブセンティズム」(absent:欠席に由来)だけでなく、出勤はしているが健康上の問題があって十分なパフォーマンスが出せない人に働きかける「プレゼンティズム」(present:出席に由来)が重要だと思います。
それを当社は100年前から実践していると言えますし、事業としてこれから一層広げていくことが我々の役割であると考えて、「健康事業」を全社視点で見るマーケティング部ができたんです。
――「健康」というニーズ軸に沿ったマーケティングは、製品カテゴリー軸とは違いますか?
違いますね。カテゴリー軸でももちろん顧客は見ていますが、それ以上に人視点で捉えています。カテゴリー軸だとどうしても同じカテゴリーの競合への意識が強くなり、視野が狭くなりがちです。健康食品はそうした戦いはないものの、逆にどんな業態がライバルになるかわかりません。健康器具や、病院もあると思います。なので、幅広い情報収集と顧客理解が必要です。それが難しいところですね。