MarkeZineの読者分析をネット調査でやってみた
安成:2019年4月からMarkeZine編集長に就任した安成です。西口さんの著書『たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング』、私も制作段階から読ませていただいて、これはぜひMarkeZineでも取り組みたいと思いました。
私は2012年からMarkeZineに携わって8年目になります。ずっと読者のことを考えてきて、一番理解していると自信をもっているものの、ふと考えてみると、これまで本格的な読者の分析に取り組んだことはなかったな……と気づいたのです。
私はマーケティングの実務に深く携わった経験はないのですが、「顧客(読者)のことを知りたい」という思いを持っていれば誰でも顧客起点マーケティングを実践できるのではないかと思い、まずやってみました。
『たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング』
著者:西口一希/発売日:2019年4月8日(月)/価格:本体2,000円+税
本書について
ターゲット市場の全体と各セグメントの人数を数値で推計した上で、“たった一人”のインサイトを深堀りする「N1」インタビューを実施。そこから独自性と便益のある「アイデア」を見つけ、有効かを検証して拡大実施するという一連のフレームワークを解説している。
西口:メディアでしっかりとユーザー分析をしているところは、あまり多くないかもしれないですね。本書の多くは、僕のBtoC領域での製品マーケティング経験をもとにしているので、BtoBやニッチな領域、メディアの場合などを詳説できませんでしたが、十分応用はできます。ただ、やはり多少のコツは要りますね。
安成:おっしゃる通り、まずはWebマガジンの『MarkeZine』の顧客ピラミッドを作ろうと思ってネット調査をかけたのですが、その時点でいくつか疑問点が浮かんでしまいました。今回は、そもそものセグメントや顧客ピラミッド作成の方法について、レクチャーいただければと思います。
西口:了解です。「顧客起点マーケティング」では、まず自分たちのプロダクトが対象とするターゲットを定義するところから始めます。書籍で取り上げた「肌ラボ」の場合は20~40代で化粧品を一週間に一回は使う女性、スマートニュースなら20~60代男女でスマホを保有している方々だったのですが、BtoBの商材や専門メディアだとかなり狭まりますよね。
まずネット調査をかけたとのことですが、そこでは顧客、つまり読者をどう定義したのですか?
安成:はい、次の2つで定義して、スクリーニング調査をしました。
1.仕事でマーケティングにかかわっている
2.広告業界の営業
「ターゲットは誰なのか」を決める議論
西口:それで、ネット調査の結果はどうだったんですか?
安成:書籍で利用されていたのと同じ、安価に利用できる一般消費者対象のネット調査を使って、最初の調査対象「20~60代男女」4,016人に前述の2項目のスクリーニング調査をかけたところ、いずれかに該当する人は計327人いました。
ここから、Webマガジン『MarkeZine』および私たちがベンチマークしている競合メディアについて、(1)媒体を読んだことがあるか、(2)定期的に読んでいるか、(3)人に勧めたいか、を確認してみました。
(3)のお勧め度合い、いわゆるNPSについては、書籍では「自分が次に使いたいか(=ブランド選好)と人に勧めたいかの傾向は異なる」という解説がありましたが、次に使いたいかを正確に定義できなかったこともあって、ひとまずここでは人に勧めたいかをNPSの指標とし、調査をかけました。
その結果、前述の2つの条件にあてはまる人のうち、MarkeZineを読んだことがある人は27.5%、定期的に読んでいる人は25.4%、という状況がわかりました。認知度は、これらを合算し、52.9%と把握しました。また、NPSは50.3%でした。
西口:なるほど。
安成:今回は初めての読者分析なので、ターゲットを広く取るとそれだけぼやけてしまうかなと思ったのと、私たちがメインに情報を届けたいマーケター層にどのくらいリーチしているかを知りたいという意図があったので、前述の2つの条件を設定しました。……ただ、そもそも実態に照らし合わせると、この2つで切っていいのか? というところから実は迷いがありました。
西口:たしかに、その条件だと、たとえば経営層だったり、マーケターという職種には該当しないけれどマーケティングを勉強したいECやデータ周りの担当者は外れてしまいますね。
安成:ご指摘の通り、このネット調査の結果を編集部で共有したら「そもそもこの母集団の絞り込みで合っていたのか?」という議論になりました。
西口:でも、とっかかりとして「狭めた中での数字を把握したい」というのは理解できますし、議論のきっかけにはなると思います。もちろん、仮にネット調査が数万円だといっても無限に予算はないですし、事前に話せたらよかったかもしれないですが、まずはやってみる姿勢が大事です。それを議論のたたき台にすればいいんです。
読者の定義をどうするかは、要はMarkeZineさんの戦略策定ための出発点なので、まずは一旦、決めればいいだけです。で、それはそもそもMarkeZineが「どんな価値を提供するメディアなのか」「どんな人に情報を届けたいメディアなのか」によりますね。競合メディアに対する独自性と便益は何なのか。
ただし、これらの問いは創業時に決めるだけなく、常に立ち戻る質問です。時間の経過やビジネス環境の変化と共にマーケットは変わり続けるので、読者の定義や範囲は変わっていくはずなのです。最初は決めでいいですが、その後は、競合環境によって相対変化する自社商品の独自性と便益とそれらを支持してくれる潜在的な読者層の組み合わせをデータを使って数量的、理論的に修正していくことが大切です。
安成:それでいうと、2006年に開設した当時からデジタルマーケティングにフォーカスしてきましたが、当初に比べて今は“デジタル”の存在感がぐっと増し、扱う話題も各論ではなくマーケティング全体だったり経営に関する話にまで広がっています。私たち編集部の中では視点がそろっていたつもりでも、読者の方にきちんと整理して打ち出していなかったですね。
西口:そこは、自分たちにしかない価値を見極めて、ちゃんと打ち出したほうがいいフェーズに差し掛かっているのかもしれないですね。
安成:たしかに、そう思います。……そうすると、複数のマーケター向けメディアの中で、私たちがこだわっているのは「実務に活かせる」情報ですね。
【ポイント】BtoBの商材など顧客層が限られている場合、調査対象をどう設計すればいいのか?
戦略策定のための顧客の定義は、まずは決めの問題。思い込みや一般的な区分で顧客セグメントを作成する前に、顧客データを洗い出して既存顧客の状況を把握し、自社の独自性と便益を整理した上で調査対象を設計する。
MarkeZineの独自性は「実務」「実践」「再現性」
西口:あ、それですよ! いろいろな方の記事や書籍などを拝見しても、たとえばオイシックス・ラ・大地の西井敏恭さんの著書『デジタルマーケティングで売上の壁を超える方法』やアドビ(前マルケト)の福田康隆さんの著書『THE MODEL』のように、実務者による情報、再現性のある情報が役立てられている印象が強いです。実際、僕の書籍がMarkeZineさんと相性が良かったのも、それが理由だと思いますね。
安成:そうですね! どんなにすごいと思っても、真似できない、机上の空論はMarkeZineらしくないなという基準はありました。自分たちのメディアのことなのに、お話ししながら腑に落ちました(笑)。マーケティング実務者のための、実践的で再現性のある情報を提供するメディアとしての姿勢を、読者の皆さんにもしっかりと伝え、MarkeZineのブランドを強くしていきたいです。
西口:いいですね。今回は、競合メディアの認知度や支持の度合いなどもとって、競合分析もしているんですよね?
安成:はい。10メディアほどアンケート調査に入れ込んで、特にベンチマークしているメディアについてオーバーラップ分析をしてみました。
オーバーラップ分析とは、西口氏の書籍内で紹介している競合分析の方法。自社のロイヤル顧客から未認知顧客までが、競合社ではどの層に該当するのか、5×5のマッピングを人数で把握して、競合に対する自社の立ち位置を把握した上で各コマのユーザーの心理やアプローチを検討していく。
経営層を入れる? 入れない?
西口:ちょっと見せてもらえますか? ……なるほど、予想どおりではありますが、MarkeZineより歴史がある老舗メディアやビジネス全般をカバーしている系列のメディアと比べると、そっちは知っているし使っているけれどMarkeZineは未認知、という人が一定数いますね。でも、MarkeZineのほうをより使っている人もいるので、ここはもしかしたらよりデジタル寄りの方だったり、若い層かもしれないですね。
では、改めてターゲット別に考えてみましょうか。マーケターと広告業界の営業に加えて、たとえばMarkeZineでは近年、経営層を意識した情報発信にも注力されていますよね?
安成:はい、マーケティングは経営に欠かせないという考えから、最近では「マーケティングを経営ごとに」というテーマを掲げて、経営に関する記事などに記載してきました。……そうすると、前述のスクリーニングの2条件に「経営者または経営層」も加えるべきでしたね。
西口:そうですね。ただ、経営層、あるいはECやIT関連など、層を広げるほどコンテンツ戦略が絞りにくくなり、媒体の強みや個性がぼやけるという課題は出てきます。
加えて、僕がパッと聞いて思ったのは「60代(60~69歳)を入れるべきか?」という点です。実際は69歳の人が読んでいたとしても、打ち手を考えるための顧客分析なら、僕だったら60代どころか50代も切ってしまうかもしれない。経営層となると年齢も上にはなりますけど、正直どんなカテゴリーでも、年齢層が上の人たちのマインドを変えるのはものすごく難しいんです。僕も50代なのでわかりますが、億劫なんですよね(笑)。新しいことに対して、どんどん保守的になってしまう。
パーセンテージだけでシェアを見ないこと
安成:なるほど……。たとえば、昔から接点があるマーケティング媒体はたまに読むけれど、MarkeZineは知りもしない55歳会社役員の人をターゲットにするかどうかで、戦略が変わってきますね。
西口:そのとおりです。もしそうするなら、彼らが危機感を覚える、かつMarkeZineしか提供できない独自性あるコンテンツを開発して、それを彼らが日ごろ目にする場所でリーチしないといけない。……N1インタビューをすればわかると思いますが、かなりハードルが高そうですね。
逆に、もういっそ振り切って「20~40代」とするのも手です。ただ、皆さん見落としがちですが、そもそも人口統計からすると20代と50代で人数が1.3倍違います(参照:総務省統計局「人口推計-2019年(令和元年)8月報-」(PDF)。そうすると20代でシェア50%を取ったとしても、50代のシェア50%を取っているメディアがあったら、人数的には実は1.3倍の差がついています。そこに気づかずパーセンテージだけで見ていると、適切な戦略・戦術の立案ができません。
それも加味した上で、マーケティングにかかわる人、広告業界の営業、経営層、あるいは経営層予備軍……をスクリーニングするとかですね。
安成:その設計から、もっと考えて調査するべきだったかもしれないです。
西口:でも、そもそも初めての調査で完璧な設計をするのは難しいんです。書籍では、僕自身がこの調査を何度もかけていて慣れているのと、単純な性・年齢で区切れる商材を扱ってきたのでわかりやすかった、というのはあると思います。
むしろ、一発で精緻な調査をするよりも大事なのは、こういう議論をすることなんですよね。一度ネット調査をしてみることで、編集部内でもいろいろな視点が生まれたんじゃないかと思います。今日、僕と話したようなことをまた持ち帰って議論すると、それぞれ違うバックグラウンドや思いから、深みのある話ができるはずです。
顧客ピラミッドの推計実数を出す方法
西口:で、悩みどころは、要は“マーケター向けメディア”というニッチなプロダクトだから、顧客ピラミッドの全貌がつかめない、ということですよね?
安成:そうですね。計算の仕方がいまいちわからず……。書籍のスマートニュースの事例で出されているような「〇万人」といった推定の実数にまでまだ落とし込めていないんです。
西口:ターゲット母数が何人いて、現状でそのうち何人がロイヤル顧客なのか、はたまたMarkeZineの読者になり得るのに「認知・未使用(未読)」であったり「未認知」の人が推定で何人いるのか、がわからないんですよね?
これを把握するのが、総務省の人口統計を利用する方法です。今回の調査で20~60代男女4,016人のうち327人が「MarkeZineの読者に“なりうる層”」だったのだから、その出現率は、
327÷4,016=0.0814
つまり8.1%になります。
そして、総務省の人口推計で20~60代男女をみると、今年3月1日時点の確定値で7,840.4万人。ざっくり7,900万人として計算すると、
327÷4,016x7,900(万人)=643.25(万人)
つまり643万人が、MarkeZineで狙うマーケットの母数、ということになります。先ほどおっしゃった「2つの条件にあてはまる人」の、日本全国における推定人数ですね。
ちなみに「定期的に読んでいる人」がターゲット層全体の25.4%、だったとのことで、これを顧客ピラミッドにあてはめると、
643(万人)x0.254=163.3(万人)
が、MarkeZineの「ロイヤル顧客」になりますね。
このあたりは、手を動かさないとなかなかつかめないのですが、縦書きの書籍で解説するには限界があったので、書籍特典のExcelシートに計算式入りで収録したんです。
総務省の人口推計は、こちらのサイトで月単位、また年単位で公表されている。本文中の「20~60代男女は7840.4万人」は、上記サイト内の「平成31年3月確定値」の数値を参照し、20~69歳の人口を総計したもの。
ネット調査と内部のユーザーデータの併用
安成:なるほど。そうやって各層の推定人数を出していくと、顧客ピラミッドを作成できるんですね。以前から社内的に顧客分析ツールを入れていて、それを使えば会員数や訪問頻度はわかるのですが、認知・未使用や未認知顧客までわかる外部のネット調査とうまく併用する方法はありますか?
西口:内部データは、当然ながら「一度でも接触があった人」の状況しかわからないので、新規獲得を含めた顧客分析とマーケティングをするには不十分です。ただ、検証には活かせます。ネット調査はあくまで外部の調査ですが、内部データは「実数」であり「実態」なので、たとえばネット調査を元に算出したロイヤル顧客数が内部データのロイヤル顧客数より大幅に少なかったら、多分スクリーニングをもっと広く取らないといけないでしょうし、逆に多かったら狭めないといけないと思います。
内部で把握しているユーザーさんたちに、改めて属性を聞いてみるといいんじゃないでしょうか? それで、その方々が8割くらい含まれるようなスクリーニング調査を設計すればいい。
安成:たしかに、そうするともっと実態に即した顧客ピラミッドが作成できますね。では、ターゲットの年代と属性をどう設定するのか、内部データを活用して実態を把握してから改めて議論してみたいと思います。その上で、今回の調査でつまずいたポイントを見直し、再度ネット調査をかけてみます。平行して、N1インタビューや、MarkeZineの独自性と便益の洗い出し、さらにコンテンツ開発への活用にも挑戦していきます。
西口:順を追ってやるのもいいですが、N1インタビューや独自性・便益の洗い出しは顧客ピラミッドの作成前でもできますよ! 編集部の皆さんが日々、取材相手として読者候補の方々と接しているのは有利だと思いますし、できるところから取り入れていくといいですね。
安成:ありがとうございます。これまで培ってきたMarkeZineの独自性を活かしつつ、新しいMarkeZineの魅力も明示していけるように、がんばります!