※本記事は、2019年9月25日刊行の定期誌『MarkeZine』45号に掲載したものです。
米ITリサーチ&アドバイザリー企業のガートナーが2019年4月に発表したレポートに、リテールの近未来を占う興味深い数字が示されている。
欧州、英国、米国、カナダ、中国のリテールブランドに聞き取りを行った同調査によると、46%のリテールブランドが2020年までに、AR(拡張現実)または、VR(仮想現実)の施策を導入することを計画しているというのだ。
消費者の期待値の高まりに加え、AR・VR施策を可能とするソフトウェア・ハードウェアの普及、また通信インフラの整備など様々な要因が重なり、リテール領域におけるAR・VR活用は急速に拡大することが見込まれている。特にリテール分野では、スマートフォンやタブレットで実施できるAR施策への期待が大きくなっている。ガートナーは、オンラインまたはインストアのAR施策を通じてショッピングをする消費者の数が2020年には世界で1億人に達するとも予想している。
この大胆な予想は的中するのか。そんな疑問を持つ人は多いかもしれないが、多くのリテールブランドが既にAR施策の開始を検討していることやアップルやグーグルなどの大手テクノロジー企業がAR関連の取り組みを本格化させていることを鑑みると、ガートナーが予想する以上の大きな変化が起こる可能性が見えてくる。
ARがもたらすリテールの未来とはどのようなものなのか。アップルやグーグルなど大手テクノロジー企業の取り組みを含め、ARに関する海外最新動向からその一端を覗いてみたい。
App Storeと同じ社会的インパクト、クックCEOが見据える「AR社会」の到来
現代社会において必要不可欠となったスマートフォン。そうたらしめている要因の1つとして、様々な機能やサービスを実現する「アプリ」の存在が挙げられる。
AndroidであればGoogle Playストアで、iPhoneであればApp Storeで、好きなアプリをインストールし、スマートフォン上で自由に使うことができる。海外旅行のフライトとホテルの予約、タクシー配車、フードデリバリー、保険加入、送金・支払い、シェア自転車利用、オンラインショッピングなどがスマートフォンでできるようになったのだ。10年前に比べると、社会が大きく変化したのは明白といえるだろう。
ARはスマートフォンアプリと同じ規模の社会的インパクトをもたらす可能性がある。2017年10月英インデペンデント紙の取材で、アップルのティム・クックCEOはこのような見解を示し、同社がARに多大な投資を行う理由を明らかにしている。
クックCEOは、App Storeが2008年にローンチされたときのことを振り返り、当初はスマートフォンアプリに対する懐疑的な見方もあり、普及しないだろうという見方もあったが、数年を経てスマートフォンアプリは指数関数的な拡大を見せ、社会を大きく変える存在になったと指摘。その上で、ARも同じ規模のインパクトをもたらすだろうと述べているのだ。
アップルのARへの入れ込み具合は、近年の企業買収事例からも見て取ることができる。
アップルのAR関連企業買収が始まったのは2013年頃。2013年11月、アップルはイスラエルの3Dセンサー開発企業PrimeSenseを買収。同社の技術は、iPhoneXのAnimojiやFaceIDに利用されているといわれている。
2015年にはAR開発キットを開発するドイツのMetaioを買収。アップルが2017年にローンチしたiOS向けAR・SDK「ARKit」の基幹テクノロジーになったと噂されている。
このほか、米国のイメージセンサー開発企業のInVisage、フランスのコンピュータビジョン開発企業Regaind、カナダのARヘッドセット開発企業Vrvanaなど、ARに関わると思われる企業の買収が進められてきた。
着々と必要な技術を買収し、ハードとソフトの両面でAR開発基盤を強化するアップル。2020年には、これら取り組みの集大成の1つともいえる次世代のARデバイスが登場するかもしれない。
2019年3月、中国の金融サービス会社TFインターナショナル証券に勤め、「世界で最もアップルに精通するアナリスト」と称されるミンチー・クオ氏がアップルの動向に関して、2019年第4四半期から2020年第2四半期にかけて、アップルが「ARグラス」の生産を開始するとの予想を発表したのだ。
クオ氏の予想によると、ARグラスの第1世代は、スタンドアローンではなく、アップルウォッチのようにiPhoneと連動する仕組みになるという。コンピューテーションやレンダリングなどARに関わる処理はiPhone側で行われ、ARグラスは映像を投影するディスプレイとして機能する。もし、2019年末に生産が開始されれば、2020年中に販売開始される可能性もあるという。