マーケティングテクノロジーはますますカオスに
本セッションの冒頭、アンダーワークスの田島学氏は「マーケティングテクノロジー」が意味する範疇について語った。マーケティングテクノロジーとは、「マーケティングで活用されている技術の総称」であり、「広告からセキュリティまで幅広く使われている」「クラウド従量課金」「急激に増加し、2020年には30兆円市場と予測されている」といった特徴があるとのこと。
では、マーケティングテクノロジー領域のツールは世界中でどれほど存在するのか? アメリカ・カリフォルニア州サンノゼで毎年開催されるイベント「MarTech」の発起人であるスコット・ブリンカー氏が毎年発表しているカオスマップ『Marketing Technology Landscape Supergraphic』によると、2011年には150程度だった。それが、2019年には7,000を超えると予想。毎年秋には、アンダーワークスが日本中で使われている1,000近いテクノロジーを種類、目的別に分類した国内版マーケティングカオスマップ『マーケティングテクノロジーカオスマップJAPAN2019』も公開している。
「デジタルマーケティング担当者の皆さんに、現場の状況整理に活用して欲しい」とする田島氏。田島氏は、こうした有象無象(カオス)の状態(マップ)に対して出てくる議論に「スイーツ」対「ベストオブブリード」の構図がある、とも語った。
「アドビやセールスフォース、オラクルなど、1社に統合された基盤(スイーツ)がいいのか、シスコのように様々なベンダーの中から自社でやりたいことに合わせたツールを組み合わせた方(ベストオブブリード)がいいのか? そこでBtoB、BtoCそれぞれの領域でマーケティングテクノロジーを活用し尽くす2社に実状を伺っていきます」(田島氏)
営業社員を呼ぶ前に購入の可否は決まっている?
BtoB代表として登壇したのが、NTTコミュニケーションズの市川知宏氏。大手、ナショナルクライアント向けのICT基盤作りを行う印象がある同社だが、中堅・中小企業向けの取り組みも数多く手がけているという。市川氏自身は、グループ会社への出向時代にクライアント企業のデジタルマーケティング戦略の策定から実行までを担っていた経験があり、自社へ戻ってからの業務に大いに役立っているとも付け加えた。
BtoC企業の代表として登場したのが、日本航空の塚本正憲氏である。同社でシステム基盤、メインフレームのエンジニアとしてキャリアを積んだ後、Web販売部では1to1マーケティンググループに所属する。
現状のマーケティングテクノロジーの活用状況について、両氏それぞれに確認すると、市川氏は「各社ベンダーの様々なツールを組み合わせた、マーケティングテクノロジースタックの拡充に取り組んでいる」と回答。その理由は、「以前と今では、BtoBにおける購買行動が異なり、変化により柔軟に対応するため」と説明した。
「従来だとベンダー側の営業社員を呼んでいたのが、企業側がインターネットを駆使して、営業社員を呼ぶ前にどんどん検討を始めています。Corporate Executive Board Companyが調査したデータでは、営業パーソンへ会う前に企業担当者は購入を決定済み、という質問に57%がYesと回答。約6割が、営業社員を呼ぶ前に態度を決めている現実があるのです」(市川氏)
BtoB、BtoCそれぞれで直面する問題点
そこで市川氏は、「営業に声がかかる前の行動を捉える」ためにもMAを導入した。
「6割の中には、事前に弊社のWebサイトを訪問してくれた人たちもいて、その中で営業部が呼ばれれば勝負ができますが、呼ばれなければ何があったかがわからない。MAなら匿名ユーザーでも弊社サイトへ来訪があると、以後すべての行動が記録可能です。約6割の中から新たなユーザーとの接点が持てる可能性も出てきます。実際、数年前から弊社でMAを導入して、一定の成果を挙げています」(市川氏)
ただし、「MAが捕捉できるデータはあくまで自社サイトに関わる行動だけ」である。
「自社サイトのターゲットとなる顧客層全体のうち、実際に自社サイトへと来る割合は1~2割でしょうか。MAは素晴らしいツールですが万能ではありません。自社サイトに来たことがない(MAで捕捉できない)残り8割、9割の顧客をどう捉えるのか? 弊社では、弊社サイトに来なくても捉えられるサードパーティデータを活用しています」(市川氏)
塚本氏は、日本航空の取り組みについて「世の中のトレンドにあわせて、結果として様々なツールを入れてきた」と総括する。
「BtoCで旅行を扱うなど、業界特性としてWebサイトにはとても多くのユーザーが来訪します。非常に多くのご利用がある状態だからこそ、時代にあわせた対応が必須。昨今では個人情報の問題がありますし、相応の工夫も不可欠です。
日本航空が元々海外のトレンドに敏感な会社なので、1995年にはWebサイトを、翌96年にはECサイトを作り運営してきました。中には20年以上、当時必要だと構築したものが今も残ったままの状態です。クラウドがなかった時代から様々なツールを組み合わせて乗り切ってきています」(塚本氏)
「データを蓄積してやりたいこと」を明確化しておこう
2社の現状を確認した後、田島氏は次の質問として「今、注目しているテーマやテクノロジーは?」と投げかけた。「自社サイトにすべてのターゲット層が来訪するわけではない」という問題認識を表明した市川氏からは、「CDP(Customer data platform)」が挙がった。
「日本ではDMPならよく聞いても、CDPはあまり聞かれません。一方で、海外イベントに参加するとCDPはとてもよく出てくるワードです。MAだけでなく外部のサードパーティデータも扱い始めていますが、まだまだ顧客データとつながっていない状況が残っています。データはあればあるほど、ターゲティングが精緻化されます。散在していたデータをつなぎ合わせていくのに、既存の顧客情報と匿名情報をCDPによって連携したいと思っています」(市川氏)
「データベースを作ること自体はさほど難しくはないはず」とした田島氏は、「問われるのは蓄積した後では?」と問題提起すると、両氏がそれぞれの見解を示した。
「専門的に言うならオーケストレーション(管理の自動化)で、いかに打ち手へと活かせるかです。仮に売りやすい顧客データがリストアップされていても、そのデータで何をすればいいのかがわかっていないと意味がありません。しかも、マニュアルの作業になると効率が悪いので、CDPに自動で指令を出せる、打ち手のオーケストレーションが可能な機能も期待したいですね」(市川氏)
「しっかりやりたいことを明確にしておくことと、柔軟に対応できる仕組みを作っておくことが必要です。きちんと設計できているかにかかります」(塚本氏)
他に、塚本氏は注目しているテクノロジーとして「AI」を挙げる。
「ベンダー側からCDPとセットでAIを提案される機会が多いですが、なんでもAIと言われているところがありますよね。事業主側も目利きが必要です」(塚本氏)
大きな課題がはらむ外部データの取り扱い方
外部データ活用の難しさについては、塚本氏は次のようにも語った。
「弊社でDMPを導入したところ、自社にある顧客データと外部データがなかなか紐付かず、費用対効果を考えると運用継続が難しいという結果になりました。その点で、CDPの機能の進化は期待半分、不安半分という気持ちです。BtoCにおいて個人データの扱いはGDPRのことがあって慎重にならざるを得ません。解釈がグレーゾーンの行為は避けて、安全に扱えるところで誤解を与えない活用をしたいです」(塚本氏)
一方で、「BtoB領域では?」という田島氏の問いかけに、市川氏はNTTコミュニケーションズが始めている取り組みを例に、次のように述べた。
「たとえば、“セキュリティソリューションを売りたい”と考えた時に、『セキュリティ関連記事を多く読んでいる企業ユーザー』のデータを提供するベンダーがあります。自社サイトには来ていないけれど、メディアサイトでセキュリティ関連記事を読む層の情報がわかるわけです。もしくは、『クロール技術であらゆる企業のIR情報を取得し、今年度ITに積極的に投資する企業』といったデータを提供するベンダーもいます。
法人マイナンバーを通じたデータのつなぎ合わせも可能な時代です。個人の特定はできませんが、自社データの中の法人データと外部データの法人マイナンバーとをつなぎ合わせれば、紐付くデータが出てきます」(市川氏)
マーケティングテクノロジーに期待するところ
昨今では、PoC(Proof of Concept:概念実証)を実施する企業も多い。新しいマーケティングテクノロジーを本格導入する前に、必要な検証を行うことだ。NTTコミュニケーションズ、日本航空ともにPoCに取り組むものの、そのKPI設計に課題があると語った。
「私の部署はWeb販売部ですので収益にKPIを置くことが多いのですがエンゲージメントに置くこともあります。他部署では、マイレージや新規入会数など様々です。複数の部署でPoCをやると、部署間のコンセンサスを得るのが難しくなるのが悩みの種です。であれば、外部の力を借りて調整していくしかないところです」(塚本氏)
「毎回、PoCを実施してから本格導入しています。ですが、どの項目を見るのか、どこまでの成果で本格導入とするか、KPI設計はいつも苦労しています。そもそもこれだけカオス状態の中でツールを選ぶこと自体が難しい。事業会社だけで判断するのには限界があり、然るべき幅広い知見を持った外部パートナーと組むのが必須です」(市川氏)
マーケティングテクノロジーに期待するところについて、市川氏は「BtoBのデジタルマーケティングは、主にプレセールス(見込み顧客)の獲得で商談を作ってきたけれど、導入後のアフターフォローにも活用したい」と語る。
「カスタマーサクセスにも技術を使いたいですね。弊社製品を導入したお客様がどれほど成功しているのか。成功していないならどこでどう詰まっているのか。導入したら終わりではなく、導入後のお客様への最適なアプローチとして応用していきたいと思います」(市川氏)
塚本氏からは、現代は「一人ひとりの顧客が力を持ち、メーカーが強かった時代から顧客がメーカーを選ぶ時代へと鮮明に変わった」と次のように語る。
「お客様がどこかに旅行に行きたいといったインテントデータ(顧客の興味を把握するための行動データ)に対して、デジタルツールを活用することでもっとアクティブに提案できるようになっていくのが望ましいですね。顧客志向で次の一手をどう打っていくかということに尽きます」(塚本氏)
最後に、今後の意気込みについて田島氏から求められると、市川氏は「日本企業がこれまで広告宣伝費として使っていた予算が、今後はマーケティング費という形になっていくでしょう。管轄部門も広告部門からマーケティング部門へと変わっていきます。CMOといったポストを設置し、その流れにきちんと向き合っていきたい」と、デジタルトランスフォーメーションへの抱負を述べた。塚本氏は「弊社の場合はOMOということが必然的にビジネスに紐付いています。デジタル、マーケティングテクノロジーの力でお客様により幸せを感じていただける、一歩先行くビジネスを作っていきたい」と締め括った。