忙しくも充実している現代女性がターゲット
――「生活者志向の新しいビジネスモデル」ということですが、必ずしもデジタルあるいはIoTありきではなかったということでしょうか?
そうですね、“ありき”ではなかったです。化粧品業界が長い自分としても、実際の使用シーンなどはどちらかと言うとアナログなカテゴリだと認識していたので、最初からデジタル技術をコアに据えた仕組みの開発は想像していませんでした。ただ、先ほど申し上げたようなパーソナライゼーションの潮流は、当社の重点項目としても意識していました。
生活者志向ということで、まずは現代の女性の生活環境などを改めて把握しながらターゲットを探ったところ、やはりひと昔前よりも皆さんとても忙しくなっているんですね。女性の就業率は毎年更新され、出産後の就業継続率も伸びていて、社会進出が本当に活性化しています。
とはいえ、ただ忙殺されるのではなく、限られた時間を有効に使うために新しい機器や便利なサービスを積極的に取り入れる方々も、30〜40代女性を中心に増えています。そんな方々がターゲットになりうるだろうと考えました。
一方、そもそも肌のコンディションは毎日一定ではなく、生活のリズムや食事の内容や運動量、また天候などの外部要因によっても、水分や皮脂などの状態にかなり揺らぎが出るんです。
これまで私たちは、様々なブランドと商品ラインアップから個々のお客さまに合ったものを提案することで選んでもらってきましたが、いったん購入いただいてからは「同じ量を使い続けてください」とお伝えしてきました。でも、肌の状態が日々変わるなら、スキンケアの中身や量も毎日変わる、変えられるようなサービスがあってもいいのでは? という考えに至ったんです。
そこで、個々人の毎日の肌データに対応できる技術は何かと思い巡らしたところ、IoTの活用は半ば必然でした。おおまかなターゲット像と、そもそもの肌の揺らぎも含めてケアする発想、そして技術を掛け合わせたところから「個々人の毎日の肌に合ったスキンケアができる、IoTベースのサービス」という原案を作りました。

いち早く発表し実現する スピード優先の展開
――ベータ版を経て本格展開をスタートされたそうですが、その経緯をうかがえますか?
これまで資生堂はテストマーケティングをすることがあまりなく、クローズドで検証を重ねて完成度を高めてからのローンチが通常でしたが、今回はスピード優先だったので、ベータ版の提供を試みました。
スピード優先というのは、最初の杉山の声かけから重視していたことです。おそらく、IoTを活用した美容サービスというアイデア自体は、競合企業はもちろん美容に参入しようというIT企業なども考えたことがあるのでは、と思います。すると「どこが最初に実現するか」が勝負になるので、早急に発表する必要がありました。
そこで、ある程度の見込みが立った段階で開発を発表し、スモールスタートでベータ版を運用しながら市場性やフィジビリティを確かめ、ユーザーの声を反映させてビジネスモデルに磨きをかけた上で本格展開したんです。
――ベータ版の提供を経てわかったことや、本格展開にあたって改変した点などはありましたか?
ベータ版では、最初に意識していたターゲット像が実際のロイヤルユーザーとして確認できました。主に3タイプのユーザーがいらっしゃって、まず子育て中で、スキンケアに時間を割けないができれば手をかけたいという方。子どもはいないけれど仕事が忙しく、自分の時間やパートナーとの時間を大切にしたいと思われる方。そして、子どもの有無と関係なく、最新の家電や家事代行サービスなど時短で生活の合理化になるものを積極的に取り入れている方です。本格展開にあたっても、この3つの層をメインユーザーと考えました。
マシンのデザインは、ベータ版ではマシンに搭載していたモニターを排除してスマートフォンアプリにインターフェースを統一したので、かなりすっきりしました。ベータ版のユーザーのお宅を訪問して使用の様子を拝見したりもしたのですが、そこそこの大きさがあるため、洗面所ではなくリビングに置かれるケースもあり、スマートスピーカーなどの家電との“シェア争い”も見受けられました。そういった点からも、本格展開では資生堂が伝統的に重視しているデザイン性にこだわりました。
その他、睡眠に関する調査から夜更かしが翌日や翌々日ではなく1週間後の体調に影響するとわかったので、そういった新しい分析要素も加えました。またCRM的な観点では、過去の自分のデータを確認したいという要望が多かったので、機能を追加しています。