インフラ、エンタメ、アートの3つの方向性
――既にいくつもの事例が挙がっているそうですが、使い方の方向性や分類などはありますか?
松本:実現しているもので言うと、大きく「インフラ、エンターテインメント、アート」の3方向があると思います。
インフラ系は、いわゆる“箱”があるもの。愛知県半田市に「MIZKAN MUSEUM」というミツカングループの広報施設があるのですが、昨年7月に音声ARを組み込んだアプリをリリースし、来場者が自由に観覧しながら位置情報に連動した解説音声を聞けるようになりました。場所や空間が限られるという点では、ファイナルファンタジー展も、その場のインフラとして活用した例に該当します。
エンターテインメント系は、音声ARのビーコンを置くことで、“場”自体を新しいものとして規定して楽しむものと捉えています。たとえば同じく昨年7月、人気映画『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』のプロモーション企画として、渋谷の街を舞台にした「音声ARスパイゲーム“渋谷フォールアウト”」を開催しました。事前に抽選で選ばれた参加者が、決まった時間にエリア内で行動すると、場所に応じて専用端末に音声で指令が飛んできてゲームを進める内容です。
また、MarkeZineでも取り上げていただいたことがありますが、昨年8月のGLAYの函館野外ライブに合わせて函館の街を散策すると、GPSによる位置情報に合わせて、メンバーゆかりの地でコメントや思い出の曲を聞ける「GLAY NAVIGATION」もエンタメ系の企画でした。今年の夏には、テレビ朝日のドラマ「科捜研の女」の企画で、先ほどのスパイゲームのような音声指示を使ったゲームを実施しました。
最後にアート系は、大阪の歴史ある堀越神社や六本木の街中で実施した作品事例があります。直近のものでもある六本木でのアート作品は、今年の六本木アートナイトに音声ARを使った「オトガタリ『道の記憶』」という企画を出展しました。六本木エリアで起きた歴史的事件にインスピレーションを得て物語を構成し、アクターとともに道を歩きながら音声劇を聴く、というものです。
これらはいずれも、同一のシステムを使っています。コンテンツや場所に応じて柔軟に体験を作り出せるのが、音声ARの大きな利点だと思います。
本来であれば座ってアクターを鑑賞する旧来の演劇手法に焦点を当て、街中を歩きながら自分の想像上のアクターを鑑賞するという新しい試みを音声ARによって可能にしました。これは、単にソリューションとして「便利」「楽しい」という使い方だけではなく、音声ARの使い方自体が新しいもので世の中に問いかけを生む作品でした。

技術によって広がる企画性クリエイターとどう組むか
――決まった“箱”で実装するのはもちろん、街のような境界のない空間を“イベント会場”的に活用できるのは新しいですね。そうした企画は、クライアントの希望ありきの場合もあれば、御社と組んで考えていく場合もあるのですか。
松本:そうですね。コンテンツや場所など、初めにどこまで規定されているのかはケースバイケースなので、それに応じてプランニングしていきます。たとえば直近ではこの10月に和歌山市とエイベックス・エンタテインメントと共同で、神秘の無人島として近年注目を集めている和歌山市・友ヶ島にある歴史的な要塞施設を「音を展示する美術館」へと変えました。これは、友ヶ島の観光プロモーションの話をいただいて、こちらから「音を展示するという考え方で島を美術館にしてはどうか」という企画を提案しました。
尾崎:クライアントの課題意識や、コンテンツなどのアセットがはっきりしていたら、それに対して僕らがソリューションを提案することは長年の広告業務でやってきたことです。加えて今、課題や何がアセットなのかといったことの議論から一緒に関わる例も増えてきています。そこから話し合い、この技術がマッチするのかの精査も含めて最適解を出していく感じですね。

――発想次第で、いろいろな企画に導入できそうですね。最後に今後の展望を聞かせてください。
松本:前述のように柔軟に活用できる技術ですが、「音声AR」もそれだけで話題を呼べる新規性は薄れているので、課題や伝えたいことに応じてマッチするかどうかの検証を十分にしながら、引き続き表現手段の一つとして使っていきたいと思います。
個人的には、その場やその瞬間に最適な方法でメッセージを届けるという広告の仕事の特性を今は掘り下げたいので、インフラというよりもエンタメやアート系の活かし方をもう少し追求してみたいですね。
尾崎:松本のほうが年次も若いのでちょっと考え方が逆ですが(笑)、僕は個人的には今、日常化するサービスの構築に興味を持っています。たとえばLINEも出始めの頃は新しい手法でしたが、今や完全にインフラ化していますよね。VRやARに限らず、また最新テクノロジーに限った話でもないのですが、その場の体験を充実させるという業務を通して何か日常に落とし込めるものを作りたいです。最終的には新しいマネタイズの仕方やビジネスの芽につながる、そんな企画を実現していければと思います。