『リアルビューティー スケッチ』が世界中の人々の琴線に触れた理由
白石:少し前のキャンペーンになりますが、2013年のDove『リアルビューティー スケッチ』は1億8,000再生近くを記録し、世界中の多くの生活者の間で話題になりました。2013年のカンヌ広告祭 チタニウム部門でグランプリも獲得しています。なぜこれほど話題になり、生活者の心をとらえたのでしょうか。
守屋:この映像は、自分のことを否定的にとらえてしまったり、自分のことを過小評価してしまうといった「アンコンシャス・バイアス」を解放したことで、多くの人の心をとらえた事例だと考えています。そして、そこには重要な3つのポイントが含まれています。
まず一つ目は、映像の登場人物が直接、視聴者に対してメッセージを投げかけてはいないということ。視聴者はあくまでも第三者として「スケッチしている人・されている人」とのやり取りを見ています。
二つ目のポイントは、メッセージを押し付けていないことです。この映像を見ている途中に、企業からのメッセージが流れることはありません。また、「こう解釈してほしい」といった説明も流れることはありません。視聴者は感情移入し、感じるままに、思うままに映像を見ることができる。押し付けのない姿勢がみてとれます。
そして三つ目のポイントは、「私は、こう思う」という「Iメッセージ」(「私」を主語として、話者自身の思いを伝えるメッセージの発信方法。相手に何かを強制することなく、物ごとを効果的に伝える手法の一つ)が入っていることです。
この映像では、似顔絵を見たある人は、「自分の、ありのままの美しさに気づくべきですね」と感想を伝え、ある人は「自分の短所ばかりを気にして、良くしようとしてきたけど、もっと自分の長所を認めてあげるべきですよね」と言葉にしています。企業からのメッセージを発信するのではなく、登場人物一人ひとりが、それぞれの言葉で語っていることから、ステレオタイプなメッセージには陥らず、共感を呼んだのではないかと思います。
白石:つまり、(1)客観的にストーリーを見られるつくりであること、(2)企業の考え方を押し付けず、判断を生活者に委ねていること、(3)「私はこう思う」という「Iメッセージ」の形で発信していること、この3つのポイントが重要だということですね。
「SNS時代は共感が大事」は本当か?
白石:「SNS時代は共感が大事」と言われる一方で、共感のあり方も変化してきているように思います。企業としては悪気はなく、共感を得ようと行った施策なのに、“炎上”してしまう事例が多発しています。炎上するたびに様々なメディアで原因の検証がなされているのに、どうして繰り返されてしまうのでしょうか。
守屋:これまでの広告コミュニケーションで良しとされてきた価値観が通用しなくなっているからではないでしょうか。今の時代、強いインパクトで驚きたい、誰かに何かを言い切って欲しいというインサイトはそれほど強くない。
多くの企業内コミュニケーションのコンサルティングでも感じますが、「これまで無意識に常識」とされてきたけれども、実は人々が疑問を感じているテーマについて問いかけたり、様々な意見を引き出して対話を促すコミュニケーションのほうが求められているのだと思います。
白石:なるほど。一過性のバズやインパクトで話題性を作るタイプのコミュニケーションは過去のもので、これからは時代背景や社会背景などを加味した新しい価値観を提案するような、生活者と長期的に関係性を築いていくコミュニケーションが重要性を増してくるのですね。
守屋:そうですね。メッセージを発信する企業側自体が、「作り手の価値観を押し付けたり、決めつけたりしていないだろうか?」ということについて問い直す必要があるように思います。