刈り取り効率から信頼の獲得に軸足
安成:エンバーポイントの北村さんとお送りしている、ポストCookie時代のマーケティングとテクノロジー活用に関するディスカッション、今回も前回同様にビジネスの形態が異なる2社をお迎えしました。コメ兵さんは自社で買い取った中古品を扱い、店舗型ビジネスから様々なITサービスを活用しオムニチャネル化しています。一方でLIFULLさんの不動産・住宅情報サイト「LIFULL HOME'S」は競合も扱う物件をオンラインで提供し、最近ではリアル店舗も広げられている、というそれぞれの特徴があると思います。
前回も触れましたが、マーケター約1,000人に対するMarkeZineの調査によると、これから取り組むビジネス課題として新規獲得(45.3%)に次いで既存顧客の維持・活性化(37.4%)が2位になっていました。既存重視の流れは、今年を境にさらに強まるのではないかと考えています。
安成:早速ですが、LIFULL HOME'Sではこういった業界動向の変化を受けて、社内の戦略に変化はありましたか?
菅野:新規か既存か、という議論はそれほどないのですが、効率から信頼へといったフェーズの違いは感じています。同時に、社内で推奨してもいますね。これまではビジネスモデル上、問い合わせをいかに効率よく刈り取るかという視点が重要でしたが、2017年の社名変更を機に、経営側として「暮らし全般を支えよう」という意志の転換がありました。それもあって、信頼の獲得に軸足を移してきています。
LIFULL LIFULL HOME'S事業本部 CX戦略部 オムニチャネルマーケティングユニット長/百様 ファウンダー 菅野勇太氏
2008年にネクスト(現LIFULL)に入社、LIFULL HOME'S事業のBtoCデジタルマーケティング担当としてアドテクを活用した新規獲得に従事。2012年、日本国内初のマーケティングオートメーション導入を主導。以降、チャットデスクやリアル店舗など有人対応のチャネル開発も手掛け、現在はオムニチャネルとCRM戦略を統括。
丸裸の状態で受け入れてもらえるように
安成:それにともなって、施策も変わっていますか?
菅野:そうですね、コスパ重視だった以前なら発想もしなかったような取り組みが、デジマ担当者を中心に始まっています。たとえば、先日はSNSで、我々が“住み替えの専門家”として子育て中の母親層と会話しながら解説するライブ配信を行いました。その後、そこでつながってサービスを利用してくださった方に、担当者が自発的に直筆で手紙を書いていたんです。好意度や満足度、エンゲージメントを目指すようになっている変化が社内全体に生まれています。
北村:休眠顧客へのアプローチにも、何か変化がありますか?
エンバーポイント CMO 北村伊弘氏
1999年に現エンバーポイントの母体となるベンダー企業に入社して以降、一貫してテクノロジーを追求したマーケティング支援に携わる。クラウド型メール配信プラットフォーム「MailPublisher」シリーズの各プロダクトを企画し、現在は同プロダクトのマーケティング責任者として従事している。
菅野:ありますね。住み替えが終わってアクションを取らなくなった方を休眠と捉えていますが、以前はたとえば関連会社のインテリア用品のクーポンを一斉に送り、0.3%くらいのCTRで数件でもコンバージョンすればいいという、ちょっと不誠実ともいえる打ち手を続けていました。それを見直し、住まいや街に関する暮らしに役立つコンテンツを届けるようにしたところ、すぐにCTRが10倍になりました。これはLINEでつながっている方に送っていますが、象徴的な変化だと思います。
安成:これまで続けてきた施策を転換するのは簡単ではないと思いますが、それも経営方針の変更が影響しているのですか?
菅野:もちろんそれもありますが、一方でやはり世間の風潮として、刈り取り偏重ではユーザーが離れていくという危機感もあります。もはや隠し事ができない社会なので、丸裸で受け入れていただけるようにしないといけない。いくつかの複合的な理由で、姿勢を転換してきている感じです。
戦略は変わらない、変えたのは予算配分
安成:藤原さんは20年にわたってデジタル領域に携わられ、業界の発展をずっと見てこられましたよね。
藤原:私の今のポジションだと、いちばん長期的な視点で、5年間くらいを捉えています。「5年後にどんな世界になっているか?」から逆算しないと、今準備できることが少なくなってしまいますよね。たとえば人口減少のような確実にわかっている事象や、5Gの普及など技術の発展もそうです。とはいえ直近の売上も大事なので、マーケターは中長期と短期の2つの時間軸を捉えて、その中で優先順位をどうつけるかがポイントになってきます。
コメ兵 執行役員 マーケティング統括部部長 藤原義昭氏
1999年にコメ兵に入社。ジュエリー部門の鑑定査定業務、商品仕入れを担当した後、2000年にECサイト立ち上げに携わる。WEB事業部長、IT事業部長を経て、2016年に全社のマーケティング(リアル・Web・システム)を統括する執行役員に就任。オムニチャネル戦略推進と、全社のスピーディーな事業推進に注力している。
安成:最近のマーケティングの変化や、御社の戦略の変化はありますか?
藤原:当社の戦略は、それほど変わってはいません。日本は人口減少に加えて、量から質を重視する世界に変化してきているので、1to1マーケティングやD2Cブランドの興隆につながっているのだろうと思いますが、我々が扱う商材は高額品が多く、デジタルだけでの売り買いは成立しにくいです。
ただ、デジタル起点の取引は近年徐々に増え、今年2020年が当社にとってデジタル起点に軸足が移行する元年になると考えています。具体的には、予算のアロケーションを細かく精査しています。店舗での顧客体験の向上ももちろん大事ですが、その前に、情報過多なデジタル社会に生きるユーザーの純粋想起を高めないと勝てない。「時計を買おう」と思い立ったときに、当社が購入先の候補として5本の指に入らないといけないと考えながら予算の全体最適化を図っています。
自社のアセットから違う価値を生み出すには?
安成:ちなみに、今後を見据えて優先的に投資しているのはどのような部分でしょうか?
藤原:リアルとデジタルなら、デジタルです。それは、家賃高騰で店舗の床面積が減り、置ける商品数が減っている事情もあります。デジタル起点で制限なく在庫を見ていただいて、リアルへと顧客を誘導しています。
一方、実は買取専門の小さな店舗を、都心沿線の少し郊外の駅にどんどん増やしています。通常買取だけ行っている店舗ですが、遠方の店舗やオンラインストアで買いたいものがあれば、取り寄せし購入することも可能です。デジタルだとアプリを立ち上げるのは1日1回かもしれませんが、通勤などで駅に行く途中に店舗があれば行き帰りで1日2回接触する。自社のアセットを、違う価値を生むように転換するにはどうするか、という視点で再構築している最中です。
北村:同じ方がコメ兵で売り買いされるのがきっと理想なのだと思いますが、そうしたリピートを促されているのでしょうか。
藤原:当社のコンバージョンポイントを考えると、お店で売る/お店で買う/ECで買う/宅配(集荷)で売る、という4つをクロスするほどLTVが高くなるとわかっています。ただ、実はこの10年ほど、買取と販売の顧客が重なる率は10~15%前後から動かないんですね。おっしゃる通り、買取・販売を回遊していただけるといいのですが、こちらからの働きかけがそれほど効かない。どちらかというと、よりよい体験をお客様に提供して、結果的にクロスしたらいいね、という感じです。
北村:ちなみに休眠顧客はどう定義し、どのようなアプローチをされているのですか?
藤原:販売も買取も1年アクションがない人、と定義しています。休眠顧客への施策としてはクーポン付与や、店舗の近隣の方に新たな企画や出店情報、イベントをお知らせすると戻ってきてくれることもあります。ただ買取の休眠顧客は、コメ兵に売りたい商品がいつどのように発生するかのタイミングはお客様それぞれで、その機会が生涯に一度という人もいるので難しいところです。
メールは受け手に寄り添いながら企業姿勢を伝えられる
安成:先ほど菅野さんから、エンゲージメント重視に変わってきているというお話がありましたが、エンバーポイント社が実施したメールマーケティングに関する調査では、エンゲージメント強化を目的としたメールの重要性を感じているものの、実施できていないという回答が半数に上りました。今、メール以外にもいろいろなチャネルがありますが、それらを含めてエンゲージメント醸成の観点でどのチャネルがどう寄与するとお考えでしょうか?
菅野:いちばんエンゲージメントに寄与するのは、やはり人による接客だと思います。なるべくサービスに触れた初期段階で接客を受けて、人による温かみを感じてもらえると、感動や信頼が生まれやすい。なので、人による対面や電話のチャネルを重要視しています。また、双方向性も関係を深めるひとつのアプローチなので、人とbotを絡めたLINEによるサービスソリューションの開発に注力しています。
一方で、メールも最近見直している部分があります。チャットだと短く端的になるので、ライトな感じになってしまいますよね。メールは手書きの手紙のように、受け手に寄り添いながら真摯な姿勢を丁寧に示していけると思います。また、住み替えの段取りはとても複雑なので、まとめて情報を届けるのにも適しています。
安成:他のチャネルの登場によって、メールの位置付けが変わっている?
菅野:そうですね、使い分けを意識するようになってきています。
レコメンド商品だけを毎晩配信、顧客のルーティンに
北村:当社が実施した調査の別の項目では、既存顧客内の非アクティブな顧客の割合がとても大きいので、そこに対するケアがメールに求められているという傾向が出ていたりします。先ほどの菅野さんのお話だと、販促的なアプローチより率直に役立つ情報を提供するほうがCTRが高かったのですよね。その場合、指標としてコンバージョンはあまり重視されていないのですか?
菅野:そうですね、読んでもらえたかの指標としてCTRは見ていますが、後はコンバージョンというより「楽しい、役立つ、お得」といった自分たちらしい多様な軸をコンテンツに反映できているかを重視しています。結果、反応がいいのは総じて「役立つ」軸が高く、「お得」軸だけだと反応が悪いのが現状です。
安成:コメ兵さんでは、接点を持っている顧客にはどんなアプローチをしているんですか?
藤原:当社は「世の中の良質を永遠につなげていく」ことをミッションとしているので、それに照らし合わせると、お客様が欲しいものをいかに集められるか、お買い得に提供できるかを常に追求したいと思うんです。そのお得情報の工夫は考えたりもするのですが、やはりストレートに伝えるのがシンプルで継続性があるので、実はメールもLINEもすべてレコメンド商品の自動化配信なんです。
情緒に訴えたりはせず、すべてそのお客様の行動と購買履歴から機械的にレコメンドを抽出し、それを必ず夜9時に毎日届ける。そうすることでお客様の習慣になり、能動的に見に来てもらえようになります。毎日サイトに来てもらえるほどLTVが上がるとわかっているので、ルーティン化を目指しているんです。
前編のまとめ
後編では、1to1マーケティングの実践やAIの活用、また現在のテクノロジー基盤の開発体制や運用について、パートナーの選び方などをうかがいます。お見逃しなく!
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