ユーザーに寄り添うために主導権を委ねる
安成:前編では、菅野さんは「効率重視から信頼の醸成へ」と事業の方針が移っていること、また藤原さんからは大きな戦略は変わらないけれど投資する配分が変わっていることなどをうかがいました。
ここからはまず、エンゲージメント醸成とも強く関連する1to1マーケティングの実践状況をお聞きしたいと思います。菅野さん、「LIFULL HOME'S」では理想の1to1マーケティングの在り方をどのように捉えていますか?
菅野:当社は「あらゆるLIFEを、FULLに。」というコーポレートメッセージを掲げていますが、“すべての”ではなく“あらゆる”というのが肝で、一人ひとり異なる人生に寄り添うことを大事にしています。なので、そもそも不動産情報提供会社ではなく1to1ソリューションを提供する会社だという自覚があり、1to1の関係構築には非常にこだわって臨んでいます。
LIFULL LIFULL HOME’S事業本部 CX戦略部 オムニチャネルマーケティングユニット長/百様 ファウンダー 菅野勇太氏
2008年にネクスト(現LIFULL)に入社、LIFULL HOME'S事業のBtoCデジタルマーケティング担当としてアドテクを活用した新規獲得に従事。2012年、日本国内初のマーケティングオートメーション導入を主導。以降、チャットデスクやリアル店舗など有人対応のチャネル開発も手掛け、現在はオムニチャネルとCRM戦略を統括。
菅野:その際、コミュニケーションにおいて不可欠なのは「決めつけない、押し付けない」ことだと捉えています。藤原さんが「特に買取には顧客それぞれのタイミングがある」とおっしゃいましたが、タイミングをこちらで左右できないのは住み替えも同じです。なのでこういうセグメントにはこの情報、などと括らず、ユーザーが主導権を持ちつつ対話を通して情報を教えてもらい、最適な提案ができれば、と。ユーザー次第でいきなりラスボスにも行ける、オープンワールド型のRPGのような感じですね。
北村:ちなみにLIFULL HOME'Sでは、マーケティングオートメーション(以下、MA)で個別シナリオを組んでいるんですか?
菅野:そうですね。どのユーザーも、情報検索、契約、引っ越しという大きなフェーズは同じなので、それに対して届ける内容をシナリオごとに切り替えています。
1to1シナリオメールでアプローチできるのは30%以下
藤原:コメ兵でもMAは使っていますが、まだおおまかな分岐しかできていません。私自身は、デジタルで1to1シナリオを組むのは無理なような気がしているんです。人と人との対話はとても刹那的で、たとえば店員がお客様の顔を見て何を投げかけるかって、多分1億通りくらいあると思うんですよね(笑)。
北村:そこはなかなか細かく決め切れないですよね。当社の調査でも、MAでシナリオメールを組んだとき、1ヵ月以内にリーチできる対象は「30%程度」以下と答えた方が7割を占めたんです。MAはとても有効なツールですが、一方で使いこなせていない、シナリオを描き切れていない課題があるのかなと。
藤原:MAでシナリオを組むには、リアルで起きている事象をデジタルに落とすことが前提になりますからね。でも今後、私たちが思ってもみないことがシナリオに組み込まれる世界観が出てくると、その前提も変わってきそうです。
たとえば当社のお客様づくりが上手なスタッフは、買取をしながら「これは私のあのお客様に喜ばれそう」と頭の中でお客様のマッチングができているんです。そんなインプットとアウトプットの間をつなぐことが、仮にAIでできると可能性が広がるな、と。菅野さんはAIにかなり積極的に取り組んでいますよね?
コメ兵 執行役員 マーケティング統括部部長 藤原義昭氏
1999年にコメ兵に入社。ジュエリー部門の鑑定査定業務、商品仕入れを担当した後、2000年にECサイト立ち上げに携わる。WEB事業部長、IT事業部長を経て、2016年に全社のマーケティング(リアル・Web・システム)を統括する執行役員に就任。オムニチャネル戦略推進と、全社のスピーディーな事業推進に注力している。
菅野:そうですね。当社でも人が担うような顧客と不動産会社とのマッチングを、AIができないか模索していたのですが、人の真似は一切できないな、というのが現状の見解です。むしろ、AIならではの予測モデルやチャット上でのゲーム的要素の提供などが有効で、その場その場の対話から提案の質を上げることで、潜在層にはしっかり利用されています。