Googleの広告は「ヴェニスの商人」だ
Googleの検索サイトは、観察者(検索者)の検索クエリに依存して何を表示するかが変わる。ある確率でどの検索クエリになるかが変動する。しかも、それは、いつどこで誰がどんなクエリを飛ばすのか、さらにその性別や年齢、行動履歴など(多様な変数)で変動する。テレビのようにいつどこに何が表示されるか、単純に決定できない。故に、不確定性があって確率論的で量子論的なのだ。
この多様な変数(軸)をGoogleは操る。多様な軸を操作し複数の価値体系を横断すれば、理論的には利益機会は無限になる。変数の数の変化は価値体系の変容に揚棄する。
ボブ曰く、「ヴェニスの商人みたいなものだ」と。つまり、商人資本主義の時代は、たとえば、価値体系の異なる地域(ヨーロッパとインド)の間で、香辛料を安い地域で仕入れて高い地域で売る取引で儲けた。それをプログラムで高速処理すればいい。Googleの広告は、胴元の利益を理論的に担保した「ヴェニスの商人」だ。
「ホーキングの再来」と評される量子重力理論のカルロ・ロヴェッリは、「量子力学は、物理的な変数が粒状であること(粒状性)と〔ゆらぎや重ね合わせにより〕不確定であること(不確定性)と他との関係に依存すること(関係性)、この三つの基本的な発見をもたらした」(『時間は存在しない』)と説く。
変数が多いほど、状況に柔軟に対応できる。2015年、Googleは「マイクロモーメント」というコンセプトを掲げた。ユーザーのそのときの状況に応じて、広告であろうとコンテンツであろうと、動的(dynamic)に異なるものが提供される。ユーザーの状況に合わせつつ、ユーザーの状況変化を予測し、ユーザーの過去と現在の動き、そして、未来の行動をすべて変数に織り込みながら、常に動的に流動自在に瞬時に判断する。
Googleのビジネスモデルは、カルロ・ロヴェッリのいう「粒状性」「不確定性」「関係性」という3つの量子力学の基本に依拠して構築した。それが、ボブの見解だ。
Don NormanのUX理論「記憶と時間を織り込む」
ボブはDon Normanの話をした。Don Normanは1993年「Fellow as a User Experience Architect」としてAppleに加わった。「User Experience」を世界で初めてジョブ・タイトルに使った人だ。
Don Normanは「UX Week 2008」のキーノート・ディスカッションで、UXにおけるメモリー(記憶)の重要性を語った。その動画がネットにアップされている。
動画開始から10分のところで、Don Normanが「Experience is actually more based upon memory than is upon reality」という発言している。
Don NormanのUX理論は当時から有名だった。ユーザーの記憶(memory)を変数に組み込む。ユーザーの様々な現実の状況(reality)にあわせて、より良いユーザー体験を提供していく。それは記憶の積み上げになる。次回またGoogleを使うときは、その前回のユーザー体験も変数に追加され、さらに良いユーザー体験を新たに作り、良い記憶が更新・累積する。
たとえば、テレビの場合、ユーザー体験を更新する理論も実践もない。これまでユーザー体験を意識してこなかった。故に、記憶の脆弱性が自爆装置になっている。
先ほどのカルロ・ロヴェッリの本は『時間は存在しない』というタイトルだ。最先端の物理学では「時間」という変数は存在しない。「時間」は、人間の体験という記憶が構築している幻影に過ぎない。「時間」と「空間」は「時空」に織り込まれ、量子重力場で「時間」は雲散霧消する。
老人の時間は脆弱で転倒する。昔のことを昨日のように語り、昨日のことを遠い昔のごとく忘却する。時間は体験の記憶(幻影)に過ぎない。
世界がIoT化するとき、たとえば、テレビに対するユーザーの好意的な記憶がその脆弱性の罠に陥り、「時間」とセットで雲散霧消する。より良いテレビのユーザー体験(記憶)を、新たに積み上げない限り、歴史になる。記憶は脆いのだ。
元TBSでメディア・コンサルタントの氏家夏彦さんは電通総研のインタビューで、「テレビ局の最重要課題は、社会のために『生き残る』こと」と言った。そして、神が降臨したかのごとく、ユーザー体験の重要性を指摘した。
「これからは、視聴者に対しても広告主に対しても『ユーザー体験(UX)』ということを意識して、コンテンツやサービスを作る必要がある」
『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』の主著者であるビービットの藤井保文さんは、「ユーザーの体験をつなぎ合わせて寄り添っていくようなソリューションにならないと、ユーザーは使い続けてくれません。そのため、UXを考えることそのものが、企業の生存戦略を考えることに直結します」と電通総研のインタビューで語っている。