※本記事は、2020年5月25日刊行の定期誌『MarkeZine』53号に掲載したものです。
株式会社スケダチ 代表/社会情報大学院大学 特任教授 高広伯彦氏
博報堂、電通、Googleを経て、2009年に独立。独立後も、米国系アドテク企業の日本代表や事業開発責任者を兼務するなど、事業開発、デジタルマーケティング、アドテク領域に関する業務を行ってきている。現在は企業向けに主として、マーケティング領域、サービスデザイン領域、CX領域のコンサルティングを行っている。著書に『次世代コミュニケーションプランニング』、『インバウンドマーケティング』など。
Q1.最近、いちばん感銘を受けた書籍とその理由は?
最近ではないが数年前に読み直して以来、頭から離れない書籍が日本の誇る哲学者である西田幾多郎のこの本。
なぜマーケティング関連の中で感銘を受けた本として紹介するか? いわゆる「不確実性の時代」と呼ばれる世界は、同時に「これまで定義されてきたものがリセットされ、新たな定義が生まれる可能性がある時代」であると私は考えている。マーケティングの世界において、これまで大前提とされてきた企業と顧客の関係や、そもそも“消費者”という存在は“消費”するだけの存在なのか? など、「再定義の時代」に入ってきているように思う。このことに異論を持つ人は少なくなってきているだろう。
そんな中で西田が『善の研究』の中で提示した「純粋経験」という概念は対象への認識に対してヒントを与えてくれる。本書では、リンゴを目の前にしてそれはリンゴであるとか、赤いとか認識する以前の経験があるとする。「反省を含まず主観・客観が区別される以前の直接経験」と西田がいうように対象との出会いは、認識がなされる前に本来起きている。しかし、我々は普段、たとえばある対象について「顧客」と名付けて当たり前のものとして認識しているが、それはあとから名付けたもの。我々自身が純粋にかつ流動的に目の前の対象を認識しているものではない。不確実な時代におけるマーケティングの対象となる存在について、一旦純粋に考えてみるというヒントをこの哲学の古典から得ることができた。
Q2.「マーケターならこれを読むべし!」という書籍とその理由は?
何か一冊だけを挙げるとしたらこの古典。
1961年、R・H・コリーが全米広告主協会で“DAGMAR理論”を発表した。“DAGMAR”は“Defining Advertising Goals for Measured Advertising Results”の略であり、広告の目標設定を明確にし、広告効果を明確にしようという理論的フレームである。本書はそれを、当時米国の広告調査会社の社長であり、かつニューヨーク州立大学のMBAコースで教鞭を執っていたソロモン・ダトカが30年後に改訂したものである。“DAGMAR”の基本的な考え方は、(1)明確に定義された広告目標を立てること、(2)その達成を継続して測定することでより促進される、という極めてシンプルなものであるがゆえに、今の時代においても有効であると思う。
また“DAGMAR”で特徴的なのは、広告の役割をマーケティングにおける「コミュニケーション」のみにおいて測定しようと展開しているところにある。デジタル広告(ないしはデジタルマーケティング)の世界においては、広告の役割は「コミュニケーション」というよりも「販売促進」や「取引・トランザクション」そのものであるが、実際は企業名やブランド名の認知が購買の意思決定に影響を及ぼす機会は多く、そういった点からも「広告の役割」を再認識・再発見することにも役立つと思う。