ブランドの耐久性と寛容性、そして倫理観が問われる
では、社会に一歩踏み込んだブランド戦略の実践のポイントを考えてみます。キーワードは「ブランド・オブ・トレランス」です。Toleranceとは耐える力、耐久性、寛容性や安定とも解釈できます。今までは、内部留保が多い日本企業は批判されることも多かったですが、この状況下では「キャッシュが入らなくても1ヵ月程度は会社がもつようにしなければダメだ」と多くの方が感じたと思います。財政上の耐久性は、今後のブランド戦略において欠かせない観点になるはずです。

財政を含め、もっと広いブランド価値についても同じことが言えます。仮に1ヵ月商品が売れない、必要なくなったとして、ブランドが忘れ去られないか。そうした考え方だと、「より抽象的な意味を持つこと」がひとつのポイントになると思います。「無印良品」を展開する良品計画がいい例だと思いますが、同ブランドはひとつの商品ジャンルにとらわれず、強いて言うなら「無印らしい」という形容詞で皆がわかるような世界観を確立しています。社会においてこうした立ち位置を作れると、即物的な価値に左右されにくいブランドになれると思います。
もうひとつポイントを挙げると、先ほど少し触れた「倫理観を持つこと」です。お題目のような企業理念を文字どおり唱和しているだけの企業もいまだにありますが、そうではなく、社員の行動指針になるような原則や規範を明文化することが大事です。それがそのまま、ブランドが守るエシックスになると思います。ホスピタリティで有名なブランドは、社会と接続した倫理観を理念に込めて明文化していることが多いですが、有名なジョンソン&ジョンソンの「Our Credo(我が信条)」は代表例ですね。実際に社員の方に聞くと、行動指針としてとても役に立っているそうです。
今回のコロナ禍のような未知の事態では、経営陣も従業員もこれまで考えていなかった優先順位づけや取捨選択が迫られます。その際の指針を示しておくことは、インナーブランディングの観点でとても有効であり、それがそのまま消費者への提案や関係の維持にもつながるはずです。

“社会的”の意味が変わる 都市と地域の価値の見直し
コロナ禍以前からの流れを踏まえて、今後のブランド戦略において考えるべきことを解説してきました。最後にひとつ付け加えると、今「社会的」という意味が変化しつつあることに注目しています。
少し前までは社会的というと、社交性や「集うこと」が連想されました。しかしコロナ禍の自粛を経験した私たちは、テクノロジーのおかげもあり、たとえ家にひとりでいても「社会的」たり得ることを知りました。京都芸術大学大学院の学術研究センター所長で批評家の浅田彰氏が、自身の携わるメディアで「ひとりでひきこもることこそ最も社会的な行為」「感染を避けるために家にこもる利己的行為こそ、医療従事者をはじめとする同胞を助ける利他的行為になる」と記述しています。以前はネガティブに捉えられていた家にこもる行為が、一転して最も社会的なのだとも言える時代に突入しているのは、大変興味深いことです。
また、以前からあった“おひとりさま”行動が加速することも予想されます。さらに働き方も自由になるので、都市部にいる価値が相対的に薄れ、若年層のUターンやIターンも広がりそうです。企業は各業界で、こうした消費スタイルへ対応することが急務になるでしょう。
企業やブランドが社会とのつながりをより強く打ち出すことが、信頼の獲得やダイレクトな購買にどの程度つながるかは、実際にはデータもないため確たることは言えないのが現状です。ただ、コロナ禍を通して、たとえばデジタル化に横たわる問題や政治への不信感が浮き彫りになり、日本人が過去にないくらい声を上げるようになっていることは事実です。
企業に対してもプラスの動きというよりも何らかのブランドリスクをはらんだとき、今まで以上に消費者から声が届くようになるかもしれません。その潮流からも、本稿で挙げたようなパーパスやエシックスを見つめ直すことは今後のブランドの耐久性と安定性を高め、同時にリスクヘッジにもなると思います。