“パーパス”をどう捉える? 宗教観と日本企業
こうしたブランドの対極にあると考えられているのは、“利益至上主義”のブランドでしょう。社会的意義をどれだけ深く捉えて強調しているかはそれぞれ異なり、グラデーションがありますが、近年の傾向として「社会のためになるブランドを志向するほうがいい」という機運はたしかにあります。今回のコロナ禍がこれを高めるのは間違いありませんし、実際に多くの企業が、自社ができる社会貢献活動に目を向け実践し始めていると思います。
ただ、問題はその先です。少し歴史を振り返ると、企業・ブランドによる社会奉仕や社会貢献は、日本ではバブル期の1980年代に「メセナ活動」という言葉で広がりました。その後バブルがはじけて不況を迎えて下火になりましたが、以降もCSR、CSV、エコ、エシカル、SDGsといったテーマがそのときどきのキーワードになり、経済の波と呼応しながら一種の流行りのように現れては消えていっています。もちろん、社会貢献活動それ自体は良いことなのですが、時代によって変化してしまうことはブランドにとって課題です。
なぜ日本ではこのような事態が起きているのか? 要因のひとつは、宗教的な背景が強くないことがあるのではないかと考えています。最近ブランドに関して議論するときに「パーパス」という言葉がよく聞かれます。辞書を引けば「目的」などの意味はわかりますが、元をたどればキリスト教で使われていた用語です。また、それ以前に聞かれた「ミッション」も、キリスト教に由来するものでした。
社会奉仕≠ファッション 事業の中で考える
ミッショナリー、ミッションスクールなどの言葉からわかるように、ミッションには“神から信託を受けて教えを広める”という意味合いがあります。パーパスは、オバマ大統領が当選前から傾倒していたと言われるリック・ウォレン牧師が、2002年に書籍『The Purpose Driven Life:What on Earth Am I Here For?』(日本語版:『人生を導く5つの目的』)を刊行したことで広く知られました。聖書を土台とした人生論で、こちらも多分に宗教的要素を含んでいます。
宗教的意識が強いこと、つまり「神によって生かされている」「強欲は罰せられる」といった感覚は、自然と「善い行いをしよう、他者に貢献しよう」という意思につながります。こうしたベースが日本には薄いので、社会貢献活動にも流行り廃りがあり、ころころ変わってしまうのかもしれません。
だからこそ、「なぜ社会に貢献しなければいけないのか」を意識して見つめる必要があります。本業と関係のない寄付や植樹、ゴミ拾いも良いのですが、収益事業である本業そのものに社会に貢献する意義を見出すこともできます。たとえば住友不動産の「新築そっくりさん」という戸建てリフォームのブランドは、阪神大震災時に当時の同社社長が、家屋の倒壊による被害を多数目にしたことから生まれた事業だそうです。また、私が社外取締役を務めるソウルドアウトは、ミッションとして「日本の中小・ベンチャー企業のために存在しています」と掲げており、地域のSMBのIT化を支援する考えが創業の背景にあります。運用型広告の会社だと意識するより、地域のIT化を助けていると意識するほうが当然視座が高くなるので、リクルーティングにも寄与しています。
仮に老舗企業で、今さらブランドパーパスの転換や見直しが難しい場合でも、複数事業を包括する新たな概念でくくったり、象徴的な事業にフォーカスしたりすることで、ブランドの意義を再定義して社内外に発信することは可能です。
もうひとつ考えたいのは、エシックス(倫理観)という観点です。2015年、Googleは行動規範を「Don’t Be Evil(邪悪になるな)」から「Do the Right Thing(正しいことをやれ)」に刷新しました。これはあくまで参考ですが、先の宗教的背景にも関連して、自社における“正しいふるまい”の指針の必要性は増していくでしょう。
社会的活動をファッションにするのではなく、本業と強く結びついた貢献を考えるほうが継続性があり、消費者にとっても納得感があります。コロナ禍を機に、何のためにこの事業をしているのかという意義を考え直すことが大事だと思います。

ブランド戦略の新発想は大恐慌の最中に生まれていた
続いて、今後のブランド戦略の展望を考察します。まず、今回「時代が進む」要素の筆頭であるデジタルテクノロジーの発展についてですが、この時期、とても印象的だったのは、米マイクロソフトのサティア・ナデラCEOが「2年分のデジタル変革が2ヵ月で起きた」と語ったことです。マイクロソフトもそこまで言うのだと驚きました。また台湾のデジタル大臣、オードリー・タン氏の活躍が注目を集め、デジタル後進国と言われる日本でも、テレワークの実践が進むなど、デジタル化のスピードがかなり速まったと感じています。
マーケティングや広告コミュニケーションの観点だと、コロナ禍でデジタルを活用した目立ったアイデアはまだ多くないようです。しかしながら、ブランドマネジメントの観点では、このあと中期的な変革が起こるのではないかと考えています。注目したいのは、1918年にスペイン風邪が流行し、1929年に大恐慌が起こった大変な不況の中で、1931年にP&Gがブランドマネジメントシステムを開始したことです。モノが売れなくなったその時期に、同社では「ブランドをしっかりマネジメントすべきでは」という発想が生まれていたのです。今回のコロナ禍はいわばスペイン風邪と大恐慌が合わさったようなものなので、新しいブランドマネジメントの在り方が生まれる可能性があると思います。

ここ最近のブランドマネジメントの失敗を見ると、直近で衝撃的だったのは、5月に民事再生法を申請したレナウンです。1990年、英国の老舗ブランドであるアクアスキュータムを買収しながら、その金の卵を活かすことができませんでした。複数の記事によると、同社は取引先である百貨店に対して常に優位な立場をとり、結果としてファストファッションの台頭に太刀打ちできなかったそうです。拙著『ブランド戦略論』で、強いブランドに企業自体が満足し、危機を感じられないまずい状態を「ブランド全能感」と称して解説したのですが、まさにその状態になっていたと思われます。過去の雪印乳業の事件や、今は持ち直していますが倒産寸前だったレゴ社も、同様の状態だったのでしょう。
以前、「ブランド・インスパイアード・カンパニー」という概念を提唱しました。ブランドの理念や在り方が、それを擁する企業を創発していく、ブランドが行動の基準になっているような考え方の会社を指します。テクノロジーの発展は、言うまでもなくブランドからの発信力を高めて世界観を豊かに伝える助けになりますし、消費者の側もそうしたブランドを受け入れ支持するムードが高まっています。D2Cしかり、ブランド・インスパイアード・カンパニーしかり、新しいブランドマネジメントの登場と発展に期待しています。