パーパスに立ち返り事業を再考する
――すぐに答えは出ないでしょうが、信頼や共感をどう測定するかに向き合うことも、“いまマーケティングができること”のひとつですね。今、多くの企業のマーケターはブランドパーパスに立ち返り、自社の事業を再考したり、実際に行動に移したりしています。医療従事者やエッセンシャルワーカーの方々が自宅代わりに感染対策をとったホテルに泊まれるCHILLNNの「ホテルシェルター」や、早期に感染が拡大した北海道の食材の購入を促進するオイシックスの「北海道物産展」などは、その一例だと思います。こうした取り組みを、どうご覧になっていますか?
非常に評価すべき取り組みだと思います。こうした活動によって、測定は難しいものの、確実に生活者の信頼や共感は高まっているでしょう。
今、ブランドパーパスという言葉が注目されていますが、自社の活動を進めながら社会に貢献していく存在であれという考え自体は、以前からありました。利益追求中心のマーケティングに対して、社会との関わりを重視する「ソーシャルマーケティング」は、1971年にフィリップ・コトラー氏が提唱したものです。そこに至るまで、1962年出版の『沈黙の春』(新潮社/レイチェル・カーソン著)、同年ジョン・F・ケネディが提唱した「4つの消費者の権利」や、1965年出版の『どんなスピードでも自動車は危険だ:アメリカの自動車に仕組まれた危険』(ダイヤモンド社/ラルフ・ネーダー著)など、いくつも布石がありました。
企業市民という言葉もありますね。企業も社会を構成する一員ですから、皆で協力してより良い未来を目指す存在であるべきですし、そういう考えの大切さに生活者の側もだんだんと気づきつつあると思います。ただ、少し残念なのは、日本企業はこうした取り組みをあまり大きく発表しませんよね。もっと自信を持って打ち出してもいいと思います。
一度変わった意識は元には戻らない
――定期誌MarkeZineの前号にて、学会の副会長も務められる中央大学の田中洋先生から、かつてスペイン風邪の流行と世界恐慌を経たあとの1931年にP&Gのブランドマネジメント制度が生まれた、と聞きました。今回のコロナ禍も、これまでと同じ方法ではモノが売れなくなり、結果的に新しいモノを売る仕組みが生まれる契機になるのではと思いますが、先生はどうお考えですか?
そう思いますし、そうなってほしいですね。特に小売業界は切実だと思います。ECが社会的に実装されたのはここ4〜5年の話ですし、Amazonの株価がウォルマートを抜いたと思ったらあっという間に引き離していきました。これからはフリマアプリに代表されるCtoCマーケットももっと活性化するでしょう。
外食業界も今回、大きな影響があったと思います。その中で興味深いのは、たとえば以前は「店でハンバーグを提供する」ことが価値だったレストランが、集客ができなくなり「テイクアウトしてもらう」「素材を提供して料理してもらう」あるいは「レシピを公開する」といった形で価値やプロセスを細分化して提供を試み始めたことです。これまでの当たり前を捉え直せば、この新しい時代に合った形でモノやサービス提供の仕方を再構築できるはずです。
緊急事態宣言も解除され、仕事や学校は徐々に平常時に戻ってはいますが、やはり一度変わった生活や意識、暗黙知のようなものは、それが快適で自然ならば元には戻らないと思います。そんな新しい生活者に向き合うマーケティングを今後も皆さんと議論して、中長期的な知見を模索したいですね。人生100年時代、大学で学んだことだけでこの先の仕事人生を乗り切れることは絶対にないと思うので、ぜひ仲間になっていただければ嬉しいですね。