この時期だからこそ“学びたい”意欲が急増
――5月には、「#いまマーケティングができること〜新型コロナ危機での探究と創発〜」と題した座談会がウェビナーで開催されていました。これはどういった意図から企画されたのですか?
前述のように、学会では多様な方々が日々探究と創発に取り組んでいますが、マーケティングのおもしろくも難しくもあるところは、唯一無二の解がない点ですよね。生活者や世の中と向き合っているからこそ、マーケティングが生む答えは日々変わり続けます。
特に、コロナ禍のように世の中が大きく揺らぎ、不安に覆われるときはなおさらです。実務家の学会員の中には、事業が厳しい状況に直面した方も少なくないと思います。でも、だからこそ皆で議論し、知見を持ち寄れば、経済活動を推進する新しいアイデアが見つけられるのではないか。それを諦めてはいけない、という意志を学会執行部の面々で共有したことから、今回のウェビナーにつながりました。
――ウェビナーやオンライン会議も、あっという間になじみました。その点では、創発が生まれやすい環境が整ったとも言えますが、学会の個別活動でもうまく利用されている状況ですか?
そうですね、これからもっと期待したいところです。研究者同士はほぼ顔見知りなのでオンラインでもあまり支障がないですが、3分の2を占めるビジネスパーソンは少し事情が違います。どうしたらオンラインで初対面でも活発に議論できるか、まさにこれから模索する段階ですね。ユーザーイノベーションのような、使いながらフィットする形を見出すことが、学会みたいに議論がメインの場でも起こせるのか、今後のひとつの課題です。
ただ、元々「確かではなくても実験すればいい」という考えも、学会で大事にしていることなんです。設立の根底にある考えも平たく言えばシンプルで、他者と議論して何か発見があればということなので、実験して失敗したとしても、特に失うものもありません(笑)。
マーケティングに携わる人は、新しいモノ好きの人も多いですよね。残念ながら2〜3月のリアルイベントはすべて中止になりましたが、代わりにオンラインサロンやウェビナーが一気に増えたので、皆さんの活動に対する熱意はまったく減じていないのだなと感じました。ジャーナルへの論文投稿も、確実に増えています。
変化を“待っている”ところに企業が一石を投じられるか
――論文投稿が増えているのですね。冒頭で申し上げたように、MarkeZine読者の論文への注目も明らかに高まっています。やはり、今回のような社会の前提や日常がガラッと変わるタイミングだからこそ、アカデミックの領域に普遍的な考えを求めたり、基礎を学びたいという欲求が急増していたりするのだなと実感しています。これから、学会員になり得るターゲットも大きく広がるのでは?
そうだと嬉しいですね。若い人や、より現場に近しい人が研究の領域に触れる機会を増やすことは、学会の狙いのひとつです。また、オンラインの活動が活発になると、地域の方も参加しやすくなりますよね。現状ではやはり、ほとんどが東京など都市部に偏っていますが、地域的な広がりも期待しています。加えて、育児中などであまりリアルの参加ができない方も、興味を持ってもらえたらと思っています。
――「実験」というキーワードがありましたが、本当に今ちょうど、新しいことに挑戦しやすいタイミングですよね。時期が早すぎると世の中に受け入れられませんが、今は皆が“待っている”と言うか、マーケターの皆さんにしても生活者全般にしても、新たな提案に寛容な気がします。
まさに、そう思います。前述の5月のウェビナーでも話題に上りましたが、企業からの提案で世の中を一気に変えることはなかなか難しく、そう見えるような時期には必ず、世の中が今か今かと変化を待ち望んでいるような空気が満ちています。たとえば1982年の西武百貨店のコピー「おいしい生活」は、人々の意識を変えたコピーの好例として挙げられます。もちろんコピー自体も優れていますが、これはやはり、高度経済成長期を経て物質的に豊かになった生活者が“次の何か”、つまり精神的や文化的な豊かさを求める空気があったから、インパクトが倍増したのだと捉えています。一企業がどんなに頑張っても、社会の変化は起こせませんが、変化する一歩手前で皆がきっかけを“待っている”ところに一石を投じると、大きな変化のうねりに企業活動が乗じていくようなことが起きると思います。
デジタルで信頼獲得できる? その測定が模索される
――今回、期せずして外出が制限され、やってみると意外にオンラインでいろいろとできるものだという感覚があったと思います。ということは、実は環境は整っていて、私たちが踏み出すかどうかがカギだったのだなと。
そうですね。博報堂生活総合研究所の酒井崇匡さんの論文「生活者の価値観変化から導く未来の街の4シナリオ」(2017年)では、空間と人間関係をそれぞれ「あける」か「しめる」かで未来の街のタイプを4つに分け、解説されています。その中で、空間は閉めるが人間関係はオープンになる「壁のない街」というのが、まさに今ですよね。物理的な生活のほとんどが家の中で完結しながら、ネットを通じて仕事関係や友人はもちろん世界中の人とつながっている。

出典:「生活者の価値観変化から導く未来の街の4シナリオ」酒井崇匡 著、
JAPAN MARKETING JOURNAL、Vol.37 No.1,2017年、p.30,36(タップで画像拡大)
強制的に、多くの方がそうした状況に追い込まれました。おっしゃるように、やってみると意外と簡単でラクなので、ECやオンラインミーティングなどは今後も定着するでしょう。
一方で、これは前述のウェビナー「#いまマーケティングができること」でも議題に上がりましたが、では果たしてネットだけで信頼関係は築けるのか? という問題が出てきます。人同士もそうですが、企業やブランドへの信頼も、同じことが言えますよね。マーケティング領域では皆、普段から「信頼の獲得」や「共感の醸成」といった言葉を使っていますが、実はかなりあいまいなところがあります。信頼も共感も、測定が非常に難しいですから。
――それこそ、この時期を機に信頼や共感が測定できるようになったら、マーケティングが大きく進展しそうです。
本当ですね。ネットが浸透したと言ってもやはりリアルな接点で生み出せる価値は大きく、以前はオンラインの活動が活性化するほどリアルの良さが再認識されることもありました。それが今や、家の中で満足する人、満足したい人が増えたことで、リアル接点がゼロになることも企業やブランドにとっては現実味がある話になりました。
そこで信頼や共感がどれだけ生み出せるかは、どのようにコミュニケーションをデザインすべきかに直結します。もちろん、先日のウェビナー内でも結論が出たわけではありませんが、座談会に参加した先生方の発言には、“完全にオンライン”という新しい生活における信頼や共感の醸成や測定について、強い関心がにじみ出ていました。