今も残るブランドは、危機をチャンスに変えて成長してきた
経営戦略とブランド戦略は、決して遠い関係ではない。田中氏は、「そもそもブランドが存続できることは、企業が存続することとイコールなので、ブランド戦略において存続を考えるならば、必然的に経営戦略の視点は必要になる」という。この経営戦略の視点こそ、今後のブランド戦略に求められる視点だ。

「『ブランド戦略はコミュニケーションだ』という考えもあるかもしれませんが、まずはブランド存続の観点から、経営戦略的にブランド戦略を考えてこそ、パンデミック収束後にコミュニケーションが花開くのだと思います」(田中氏)
実際、それを示す例がある。このコロナ禍において、アパレル業界大手のレナウンが民事再生法を適用した。レナウンは1960年代に時代の先端を切り開くアパレル企業として、デパートを中心に高級ブランドを展開してきた。しかし、近年の消費変化により、デパートというチャネルの価値が低下してきた。そこに新型コロナが追い討ちをかけ、今でも高付加価値を持つ「D'URBAN」や「Aquascutum」というブランドを手放す事態となった。「これはまさに、ブランド戦略をコミュニケーションだけで考えてはいけない事例」と田中氏。
ブランドを維持して生き残るためには、最も基盤になる経営戦略をまず守ること。それを最優先にして、ブランド戦略を立案しなくてはならない。実際、これまで生き残ってきたブランドは、そうした危機を乗り越えてブランド力を強固なものにしてきた。たとえばP&Gは、Ivoryという石鹸ブランドを出して大成功を収めたが、これは元々ローソクの生産・販売事業が行き詰まったことをきっかけにしたブランドだ。同社は1932年に、ブランド単位でマーケティングを展開する「ブランドマネージャー制度」を打ち出したが、これも世界大恐慌の最中に構築した制度だ。
こうした例は枚挙にいとまがない。田中氏はかつて著書『企業を高めるブランド戦略』(2002年、講談社)のあとがきで、「ブランドは危機の産物である。ブランド構築の必要性に企業が目覚めるのは、その企業が何らかの危機に陥り、そこから回復しようとするときである」と書いた。「ブランド戦略とは、景気のいい時に立案するものではなく、危機にある時こそやるべき、考えるべきものだ」と田中氏は語り、「このコロナ禍という危機をサバイブすることこそ、重要なブランド戦略」と述べて講演を終えた。
