事業概念やマーケティング規範を塗り替える中国金融
AliPayの創業は2004年。その10年後にAlibabaグループの決済アプリとしてリブランドされて今に至る。Alipayの決済ネットワークは、2019年の取引総額で16兆ドル(日本円換算で約1,680兆円)に達し、8,000万社の加盟店を結びつけている。米国の国家予算規模は484兆円であり、その規模の巨大さに驚く。
利用ユーザーは、旧来の金融機関との取引と同様に資金を借りたり、6,000種類もの投資商品を購入したり、健康保険に加入したりすることができる。まさに金融社会インフラとして、すでに定着しているのだ。
中国の金融政策は官民合体で動くだけに、民主主導の各国経済よりスピード感がある。中国人民銀行(中央銀行)によるデジタル人民元構想は、2022年2月の冬季北京オリンピックに発行できるよう法改正も終えた※2。米国(や世界)経済が党派分裂している間に、着々と進行させている。
マクロで見たオンラインでの決済比率の上昇も顕著だ。米国の決済フィンテックである「Venmo」では昨年と比べて52%、ラテンアメリカのフィンテックである「Mercado Pago」では142%の急増を記録。既に世界の銀行・決済業界の株式市場に占める従来型銀行の比率は、2010年の96%から72%にまで低下しているのがマクロの状況である。
「金融データ」の新秩序に向けてイノベーションへの期待
便利さと個人のデータとのトレードオフを、中国の企業(と国家)がリードしていくことへの不安は誰しもが感じるところ。中国の「Huawei」や「TikTok」を米国が締め出そうとした理由は、「急に巨大になった中国企業」の後ろには、必ず中国政府が控えているからだ。Ant社も出資者を見れば政府筋が見え隠れした同じ構造であるのが窺える。
さらには創業からたった5年で、今やAlibabaの「淘宝(Taobao)」に次ぐ規模に成長したEC大手の「拼多多(Pinduoduo)」も待ち構えている。いつの間にかダウンロード・ユーザー数が約7億人になったため、既に牽制の対象だ。このPinduoduoも米国Nasdaq上場で資金を調達する、金融決済の関連企業である。米国市場と中国市場は切っても切れない関係にある。
明るい可能性にも結論として触れておきたい。2020年は一連の経済ダウンが引き起こされた特別な年だったが、既にオンライン主導のGAFAMの好調と同時に中国市場(上海総合指数)は年初比で7%ほどのプラスに転じている。中国の規制当局による今回のAnt社への牽制は初めてではなく、過去にもサブプライム問題を彷彿とさせるようなローンの証券化で急成長しているAnt社のビジネスをキッチリと締め出した事実もある。中国における措置は、世界で最先端の「新たな秩序」を目指し、長期スパンで考えた上での行動とも考えられる。
企業ブランディングの価値や、マーケティング施策における価値は、すべて金融インフラ(フィンテック)に依存する比率が大きい。民主経済だけに頼らず中国が主導するからこそ、金融イノベーションが世界を新しい方向に変える期待もある。日本市場や日本企業は「独自路線」に固執するだけでなく、慎重かつオープンに検討する目を持ちたい。
※1 1ドル=105円換算
「Ant Group Set to Raise $34 Billion in World’s Biggest I.P.O.」
「Ant Group to raise $34.5 billion, valuing it at over $313 billion, in biggest IPO of all time」