28年間の試行錯誤を経てたどり着いたブランド論
今回紹介する書籍は『実務家ブランド論』。著者は、ダイキン工業の広告宣伝グループ長を務める片山義丈氏です。
片山氏は1988年の入社以来、長きに亘ってダイキン工業の広報や宣伝に従事しています。業界売上第5位のルームエアコン「うるるとさらら」や、ゆるキャラの「ぴちょんくん」も、片山氏が携わった仕事の1つ。統合型マーケティングコミュニケーションによるブランド構築を統括するなど、デジタルにも造詣の深い人物です。
本書のテーマは「本当に使えるブランド論」です。ブランド論という言葉は私たちに「パーパスに基づいた戦略」や「強いメッセージを込めたテレビCM」など、華やかで大掛かりな取り組みを想起させます。一方で漠然と捉えどころがなく、自身の実務に結びつけにくいのも事実です。
ブランド論の名著を何冊も参照しては実践でつまずいてきた片山氏。本書の前半では自身の体験を踏まえつつ、一般的なブランド論が抱える問題点を紐解きます。その上で、28年間もの試行錯誤を経てたどり着いたブランドづくりの方法論を、上流にあたる戦略から具体的な手法まで丁寧に解説します。
では、本当に使えるブランド論とは一体どのようなものなのでしょうか。片山氏はブランド論の実行がうまくいかない理由として、そもそもブランドの定義が曖昧であることを挙げています。
ブランドは企業ではなく消費者の持ち物
片山氏は、ブランドの定義が人によっては「ブランド=差別化」であり、ある文脈では「企業」「商品」「サービス」という単語の代わりに使われていると指摘します。しかし、そのように定義が曖昧なものを作ることはできず、異なる定義を持つメンバーが集まって1つのブランドを作ることもできないと述べています。
そこで、片山氏が本書で示すブランドの定義が「妄想」です。人々がブランドを思い出すきっかけになるものに出会った時、頭の中に自然と浮かぶ勝手なイメージ、つまり妄想こそ実務家が捉えるべきブランドの正体だというのです。この定義を踏まえ、ブランドという概念を理解するために必要なポイントを3つ挙げています。
1.ブランド(妄想)は、何もしなくても自然にできるもの
2.ブランド(妄想)は実体と違うこともありえる。自然にできあがるもの
3.知らないものは、ブランドではない(p.47~49)
消費者が企業・商品とのタッチポイントを通じ、頭の中で自然と想起する特徴や個性がブランドであり、だからこそ実務家はその企業・商品が本当に持っているものからブランドを作ろうとしなければ失敗すると片山氏。「人と地球が大好きで、イノベーションで未来にチャレンジする企業」など、企業の実体から距離のあるブランドアイデンティティには何の意味もないと断言しています。
一方で、消費者の妄想が企業の実体と異なる場合もあります。その消費者の捉え方こそがブランドの本質であるため、ブランドが「企業ではなく消費者の持ち物である」ということを忘れず、よりよい妄想を促すために働きかけることが実務家の仕事であると語っています。
本書の後半では、消費者によりよい妄想を促すための具体的な手法を紹介。「オウンドメディア」「アーンドメディア」「ペイドメディア」のトリプルメディアを活用した情報の伝え方や、効果的なブランドロゴマークの使い方などを、ダイキン工業の事例を交えながら解説しています。
ブランド論の教科書で得た知見を実務に活かしきれなかった人は、この一冊を読んでブランド作りの最短距離を目指してみてはいかがでしょうか。