サマリではない、N=1のデータ活用
――今回、ソニー・ミュージックソリューションズさんは、感覚的なデータ活用を行うべく、新しい取り組みを行ったと伺っています。まず、それぞれの自社での業務内容についてお聞かせください。
髙橋:私はソニー・ミュージックグループでECや配信、ファンクラブなど様々なソリューションを手掛ける、ソニー・ミュージックソリューションズに所属しています。クライアントワークもやりつつ、2021年からはデジタルマーケティングを中心に手掛けています。
村山:DACでデータマーケティングコンサルの部署に所属し、マーケティング施策におけるデータ活用、分析、CDP(Customer Data Platform)の導入支援を行っています。
武村:私は2020年にレモンタルトを創業しました。弊社はマーケターやデザイナー、エンジニアをはじめとして様々なスキルを持つメンバーがいるので、SIerのようにエンジニアリソースだけを提供するのではなく、顧客のパートナーとして0から企画を一緒に立ち上げ、併走することを強みにしています。プロトタイプから本番の開発まで、アジャイルに改善しながら、ワンストップで支援しています
オンライン上のデータを統合し、ファンの人格を視覚化する
――ソニー・ミュージックソリューションズさんでは、どのようなマーケティング戦略を描いているのでしょうか。
髙橋:戦略で重視しているのは「統合」です。ミュージシャンの場合、EC、ライブ、CDの制作、配信・ダウンロード、ファンクラブ、生配信など様々なサービスを行っています。社内では、EC事業部、ファンクラブ事業部といったように提供するサービスで部署が分かれているのですが、各事業部でバラバラになったデータをいかに統合するかということに注力しています。
たとえば、1人のお客様がファンクラブにいつから入っているか、ECでどれだけの金額を購入したか、生配信は何回視聴したかというような情報を統合することで、ファンの方々のリアルを可視化しています。
――DACさんとレモンタルトさんは、どういうきっかけで一緒に取り組むようになったのでしょうか。
村山:まずDACがソニー・ミュージックソリューションさんに対し、BIツールの導入を支援させていただいたのがきっかけで、そこからCDPの導入やデータ活用基盤の整備、活用までサポートしてきました。
ある案件で「口コミのデータを使ってファンの方の反響をしっかり分析したい」という話になり、反響を見たいイベントが直近に迫っていた中、素早く対応してくれる会社を探した結果、レモンタルトさんを紹介させていただくことになりました。
こうした口コミ分析に長けたソーシャルリスニング系ツールは導入に3ヵ月かかったり、コストも1,000万円以上かかったりすることもあるのですが、今回の導入はスムーズかつ低コストで対応してくださりました。
武村:お話をいただいてからイベントまでが1ヵ月くらいでしたので、1週間ほどで要件を詰めて、1~2週間で実装しました。
エンターテインメント×口コミにおける、親和性の高さ
――CDPで収集したデータを既存の計測ツールで分析することもできると思うのですが、オリジナルのツールを開発することになった背景にはどういった課題があったのでしょうか。
髙橋:既存のツールでもファンクラブの入会期間やECの購買金額といった定量的なデータを見ることはできます。一方で、ファンの感情面が見えてこないという課題がありました。
ファンクラブに何年も入っていたとしても、その方がサービス内容に満足しているのかといった定性的な部分も見ていく必要があると考えました。その時に、「N=1」で一人ひとりの口コミを詳細に見ていく、ソーシャルリスニングに取り組みたいと考えました。
武村:エンターテインメントと口コミはとても相性が良いので、お声がけいただいた時には「ぜひお願いします!」という感じでした。
音楽やスポーツなどのエンターテインメントでは、たとえばテレビに出演したタイミングでファンのツイート量がとても多くなるので、分析したらおもしろい結果が得られるだろうと思いました。
――そのシステムを使って、どのような取り組みを行ったのでしょうか。
髙橋:最初は、あるミュージシャンのイベントの際に、ツイート件数がどれくらいあったかというのと、その感情分析を行いました。
結果、様々な隠れたニーズをファンの方の声から見つけることができ「やっぱりファンの方の口コミは大事だ」という実感を持ちました。そこで、他のアーティストの施策でも使えるように定常的に使えるツールにしようということになりました。それが「SMILE」です。
ファンの声から新しいアイデアが生まれる
――SMILEを活用することで、どのような分析結果を得られ、どういった成果へとつながったのでしょうか。
髙橋:以前はただTwitterのタイムラインやトレンドだけを見ても、どういう風に話題になっているのかについては把握しづらい部分がありました。
たとえば炎上していると言われていたとしても、その話題に関するツイートのうち何割くらいが炎上しているのか読みきれません。こうした部分を、把握できるようになりました。
村山:Twitter上で炎上するとトレンド上位に上がってくるので、一見すごく多くの人が炎上に賛同しているように思われてしまいます。しかし実際にツイートを分析してみると、炎上に賛同しているツイートはごく一部であるケースも多いです。
きちんと定性的・定量的に評価できるのは、アーティストに対してもとても良いフィードバックになると思います。
武村:SMILEでは、ツイート内容がネガティブなのかポジティブなのかを判定することができます。そのため、意外とネガティブなことを呟いている人は少なかったことも、少なくありません。
髙橋:また、ファンの方の声から思わぬアイデアに気づくことが結構ありました。
たとえば、アーティストやアイドルのグッズを、「自分が好きな人のグッズは全部欲しいから、サブスクにして新しく発売されたら自動的に家に届くようにしてほしい」や、「ECで購入した際の送料を5回に1回は無料にしてほしい」といったよく買ってくださるファンの方に喜んでいただけそうな施策などが挙げられます。
他にもアイドルの番組の企画で、数値としてはあまり目立っていない企画でしたが、SMILEを活用したところ、熱狂的なファンが多くいらっしゃることがわかりました。その企画に注力したところ、人気の企画となった例もあります。
ツイートの感情を判定するSMILEの仕組み
――SMILEの仕組みは、どのようになっているか教えてください。
武村:SMILEは、AWS上で作っています。ワークフローとして、AWS Step Functionsを使用し、データベースはAmazon Athena、感情分析はGoogle Natural Language APIを使用しています。これらの結果をソニー・ミュージックソリューションズさん内のTableauダッシュボードで結果が見られる仕組みです。分析をしたい時に、任意の期間で分析できるようにしています。
私はコストをかけるのであれば、その分リターンが得られないとダメだというポリシーを持っています。全体のアーキテクチャとして、サーバレスのサービスを中心にしているので、使わない時にはコストがかからず、維持費をとても安く抑えることができます。APIの利用料を含めても月額3万円ほどです。
――感情分析はどのようなロジックになっているのでしょうか。
村山:まず、検索キーワードに応じて収集したTwitterの口コミをポジティブな内容なのかネガティブな内容なのか判定します。さらにポジティブやネガティブの中でも重要度を、-0.9から0.9まで、0.1刻みで数値化してスコアリングしていきます。それにより、ポジティブなツイートの中でも、ポジティブ度が高いか低いかといったところを判断していきます。
武村:Google Natural Language APIは、キーワード単位のポジティブ/ネガティブの分析ができます。SMILEでは、これを利用してキーワードの出現回数に応じて重要度も判定しています。
このキーワードがポジティブなツイートの中でたくさん出てくるとなったら、重要度としてはとても高くなります。逆にネガティブなツイートの中でたくさん使われていたら、ネガティブな中での重要度が高いということです。こうして様々な条件を掛け合わせて、重要度のロジックを作っています。
さらに「人に近づく」ためのデータ活用を
――最後に、みなさんの今後の展望についてお聞かせください。
髙橋:音楽以外のジャンルでも、今までやってきたことをさらに加速し実証できる機会がありそうなので、今後も引き続きデータの統合をやっていきたいと考えています。
先日DACの方とお話をした時に、テレビのデータと掛け合わせて、オフィシャルサイトに来たお客様が、視聴率によってどんな購買行動をしているのかというのも見られるというのを聞きました。自社内のデータベースを整えるのも大事ですが、そうやって他のプラットフォームとつなげて拡張していくことも取り組みたいですね。
村山:弊社ではテレビのデータやサードパーティデータなど、自社で多数のデータを保有しています。そうしたデータを活用しながら、お客様とOne to Oneコミュニケーションを取れるようなマーケティング施策がどんどん広がっていけばいいなと思っています。
武村:弊社は自信を持てるメンバーがそろっているので、インフラはDACさんにお願いしつつ、僕らがおもしろいアプリや良いサービスを髙橋さんたちと一緒に作っていけたらと思っています。
髙橋:ソニーグループ全体の経営方針として「人に近づく」というのを掲げています。そのために、どうやってファンの人たちに近づき深く知るかというためには、やるべきことがたくさんあります。1つひとつクリアにしていくことで人の温度が感じられるデータを集め、事業に活かしていきたいと考えています。