学習塾の広告を作るために高校生の自分と会話
鹿毛:心の奥に触るマーケティングの例として、私が担当したベスト個別の施策を紹介します。東北地方を中心に展開しているベスト個別は、100教室もない学習塾です。コロナ禍で入塾者数がぐっと減り、休校になってしまいました。

鹿毛:どうにかしようと広告を打つことになり「家に飽きた」「友達に会いたい」「塾内での感染が不安」という学生のニーズを抽出。「家に飽きたら塾で勉強しよう」「塾に来れば友達と会える」「塾の感染対策は万全」というメッセージで広告を出したところ、効果はあまり得られませんでした。
そこで、高校生の自分と心の中で会話してみました。「弱点が補強できて友達に会えるなら、塾で勉強するか?」と聞いたら「いや、勉強しない」と返ってくる。なぜかというと、当時の私は勉強ができないことを環境のせいにしていたんです。「経済的な余裕がないから」「部活が忙しいから」「社会が悪い」という具合に。
「コロナ禍の中学生も、当時の私のようなやりきれなさを抱えているのではないか」と考えました。その場合、彼らにかけてあげるべき言葉は「一緒に勉強しよう」ではなく「一緒に計画を立ててみようか」ではないか。そう思ってCMを作りました。
CMに倣って、Web広告のほか生徒や保護者への説明の仕方もすべて変えたところ、入塾数が前年比158%になりました。大きく愛情のある活動をした結果、成果につながったのです。
「前へ進むために笑いたい」震災直後に放映したCMの力
鹿毛:次に、エステー「消臭力」の事例を紹介します。東日本大震災の発生直後、世の中全体が自粛ムードに包まれ、一斉に取り下げられた企業CM。私はその事態に強い違和感を覚えました。

鹿毛:「がんばろう日本」以外に企業が発信できるメッセージを探すため、5歳だった自分の気持ちを思い出しました。当時の私は父親が他界して悲しかったはずなのに、笑っていたのです。なぜかというと「笑わなければ前に進めない」と思っていたから。大きな震災を経験した人々の中にも「前へ進むために笑いたい」というインサイトがあるのではないか。そのインサイトに寄り添うコミュニケーションを考えた結果、エステーの企業理念である「空気をかえよう」を通そうと考えました。
「どうすれば空気をかえるCMを作れるのか」と考えていた2011年3月15日の朝5時50分、私は夢をみました。日本人の子どもが5、6人、下からじっと見上げてラララと歌っていたんです。私はその様子をCMにしようと決めました。逼迫する国内の電力を使わず、見る人に震災を想起させない場所を探し、夢をみた1週間後にはポルトガル・リスボンへ撮影に向かっていました。
鹿毛:震災後間もない4月から放映を開始したところ、2011年度のCM好感度調査で初めて年間総合トップ10に入賞。同年8月度には、CMに出演した少年と西川貴教さんによる"夢の共演"編が作品別の総合1位を獲得しました(出典:エステーのプレスリリース)。ちなみに、エステーは広告宣伝費200位台のブランドです。
各消臭芳香剤に大きな機能差はありません。だからこそ、大切なのは機能やイメージ訴求ではなく「お客様とどういう関係を築くのか」を考えることなのだと思います。