インサイト発見の秘訣:逆説的アプローチ
バランスのよい適切なインサイトを見つけるには何から始めればいいのだろうか。阿佐見氏は、データや事象を見たときの「違和感」を出発点にするとよいと説明する。
阿佐見氏の書籍の中では、「みんながAと思い込んでいるけど、本当はBなんじゃないか」といったアイデアを整理するための「リアル・エソラゴトフレーム」というワークを紹介している。今回のセミナーでは、その簡略化版である「逆説的アプローチフレーム」を活用してインサイト発見の手がかりをつかむ方法を紹介。英国の高級デパートHarveyNicholsのクリスマスキャンペーンを例に、その使い方を説明した。
Harvey Nicholsのキャンペーンは、「Sorry I Spent It On Myself」(ごめんね。クリスマスのプレゼント、自分のためにお金使っちゃった)というキャッチコピーで、欧米のクリスマスに大勢で集まってプレゼントを贈り合う風習を逆手にとったものだった。みんなが当たり前に思っている「ギフトは相手に贈るもの」という常識を、本当は「自分にギフトを贈ってもいい」と捉えなおすことで、それがインサイトになる(図表5)。

さらにこの手法の理解を深めるため、電通の戦略プランニング・ディレクター小宮広高氏が手がけた、コカ・コーラの「NoReason」キャンペーンについても解説した。阿佐見氏は「かなり前に実施したキャンペーンだが、非常に反響が大きかった」と振り返る。
コカ・コーラのキャンペーンを企画する際、まず調べたくなるのは顧客が「どんなときに飲みたくなるのか」「いつ飲むとおいしいと思われているのか」といったことだ。しかし、仮説を持たないままデータを見てしまうと「暑いとき」「ハンバーガーを食べたとき」などの、新規性のない答えしか得られないだろう。
小宮氏はこれらのコカ・コーラを飲みたいシーンに対して「本当かな?」と直感的に疑問を抱いたそうで、これが大ヒットキャンペーンにつながるインサイト発見の鍵となった。「コカ・コーラを飲みたくなるのは『暑いとき』『ハンバーガーを食べたとき』などのシーンではないのでは?」という仮説を立てた小宮氏は、「コカ・コーラはいつ飲むとおいしいと思う?」と周囲にヒアリングしてみた。すると、まず返ってきたのが「うーん……いつって言われても……」といった反応だった。その後に選択肢を示すと「暑いとき」「ハンバーガーを食べたとき」を選ぶ様子が見えたという。
データでは見えなかった「うーん」という反応のほうにヒントがあると考えた小宮氏は「特定のシチュエーションがなくても、急に無性に飲みたくなるのがコカ・コーラのインサイトなのでは」と考察。このインサイトのエビデンスを強化するためにさらにリサーチを重ねた。
いくつかの飲料について「無性に飲みたくなるときはありますか?」とリサーチしたところ、コカ・コーラは「はい」と答える人が突出して多く、この点に関してコカ・コーラがユニークな存在であることが明らかになったという。その結果生まれたのが、コカ・コーラを突然飲みたくなる衝動を体感させる「NoReason(理由はない)」というキャンペーンだったわけだ(図表6)※。


「とりあえず調べようと浅いリサーチを進めてしまうと、誰もが思いつくようなアイデアに着地しがち。この事例のように、『仮説を立ててから調べる』という順番を守りながら、インサイトを深く洞察していくと新しいアイデアにつながりやすいです」(阿佐見氏)
※『広告マーケティング力』(広告マーケティング力編集委員会編・誠文堂新光社)をもとに筆者まとめ作成