男性ビューティーツール部門でトップの売上に
価値を「身だしなみを整える時間の提供」と再定義したことにともない、齊藤氏はマスではなくそれぞれの“界隈”から共感を得られるコミュニケーションを目指した。

施策設計において界隈を意識した背景には、同社が2020年9月に実施した調査の結果があるという。ブランドのメインターゲットである20~30代男性(n=800)に趣味を聞いたところ、トップ3は「ゲーム」「スポーツ」「音楽」だった。ただ、回答結果に大きな偏りがなかったことから「むしろ若者の価値観が多様化していることが調査結果から見て取れた」と齊藤氏。また同じ調査で影響を受けやすい憧れの男性像を聞いたところ、トップ回答は「影響を受けない(40%)」だったそうだ。
「著名なタレントを一人起用するだけでは態度変容を起こせない」と考えた齊藤氏は、ファッション・ミュージック・スポーツ・ゲーム・アートの五つの界隈において、それぞれを牽引する人物にアンバサダーを依頼。様々なカルチャーを通して、メッセージを発信しようと考えたわけだ。
「たとえば、スポーツ選手とメンタルケア、セルフケアは密接に結びついています。バスケットボール日本代表の富樫勇樹選手に『身だしなみを整えることが、心を整えることやパフォーマンスの向上につながっている』と複数のメディアで語っていただきました」(齊藤氏)
その結果、メインの販路である百貨店やバラエティショップでは、初回出荷分が即完売となった。長期的にも売上は伸びており、2023年2月度の都内大手百貨店メンズコスメブランドで1位の売上を記録したという。
貝印の原点「野鍛冶の精神」
AUGERの購入データを見ると、20~70代の幅広い層に購入されており、性別も男性が73%、女性が11%(その他が16%)と男性ばかりではない。「性別や年齢に関係なくAUGERは売れることが、データにも表われている」と齊藤氏は強調する。
齊藤氏は、本セッションで紹介した「剃るに自由を」やAUGERの企画の根底にある、貝印の顧客理解法について次のように解説する。
「少しのきっかけや体験でも、消費者は行動を変えてくれます。重要なのは、マーケターが買わせようとするのではなく、消費者の気持ちの変化を起こすことに全集中することです。貝印では、その変化の兆しをn=1から見つける姿勢を大切にしています」(齊藤氏)
1908年、貝印創業の地である岐阜県関市には「野鍛冶」と呼ばれる包丁や鍬を作る職人が多数存在した。職人たちは、顧客一人ひとりの背格好や用途に合わせて包丁や鍬を作っていたそうだ。
この野鍛冶の精神が「今の貝印にも脈々と受け継がれている」と齊藤氏。野鍛冶のDNAを絶やさないための取り組みの一つに、週報制度がある。国内の約1,000人の社員全員が、週の初めに自身の業務を通じた気づきや考えをイントラ上で報告し合うのだ。齊藤氏は週報について「n=1の声を拾うための最適のツール」と語る。「剃るに自由を」のアイデアもこの週報にあったと明かし「まずはn=1の声を拾うところから始めてみてはどうか」と語って本セッションを締め括った。