本物のブランドは、人間が生きる時間も越えて、社会に価値を還元してゆく
田中:沖中さんはかつて、『伊右衛門』のマーケティング担当としてこのブランドを大成功させた経験をお持ちです。現在のサントリーウエルネスでは、また違うビジネスの傾向がありそうですが、いかがですか?
沖中:私は1991年にサントリーに入社しました。元々、利益三分主義の考え方に惹かれて入社しています。お話にあった通り、現在のサントリー食品インターナショナルでの飲料のマーケティング担当などを経て、2020年1月にサントリーウエルネスに異動してきました。今年で丸3年になりますね。
それまで、サントリーウエルネスは、レスポンスを中心に物事を考える傾向が強かったように思います。飲料事業のマスマーケティングと違って、ダイレクトビジネスでは、結果がクリアに出ます。その良さも理解できるのですが、極端に言えば、数字を追いかける数字一辺倒に陥ってしまう危険性もはらんでいます。
また、飲料製品とは異なり、サントリーウエルネスの製品はお客様の多くがシニアの方々です。しかし、私自身も社員の多くも60代を経験していません。ですので、お客様理解にいっそう力を注いでいます。先にお話ししたオンラインでの訪問調査もお客様を理解するための取り組みですが、実際にシニアの方々のお宅まで伺う活動も行っています。サントリーウエルネスも出資しているMIKAWAYA21がシニアにコンシェルジュサービスを展開しており、この会社の訪問サービスに弊社社員も同行させていただいています。
田中:最後になりますが、沖中さんのマーケティングの考え方を改めて教えて下さい。
沖中:私はあえて「“個客”原理主義」と言っていますが、マーケティングはやはり一人ひとりのお客様にとって本当にいいものを作るところから始めるべきだと思っています。その上で、お客様が感じられる商品価値、サントリーウエルネスで言えば“体感”される商品価値から逆算して、価値提供の手段を因数分解していくのです。

たとえば、『サントリー ロコモア』という脚の悩みに対応するサプリメントは、膝の悩みの改善や歩行速度の維持のための成分が入っていますが、サプリメント=製品という手段でできる範囲には当然限界があります。それならば、「膝のサポーターも一緒に提供する」「足の筋肉を鍛えるトレーニングを一緒に提案する」など、提供価値を総合的に高めるのには、色々な手段があるはずです。そのために、先にご紹介したComadoのアプリを展開しています(前編を参照)。
そして、当然のことながら、一番は「ブランドを作ること」が何よりも重要です。我々の生命には限りがありますが、ブランドは我々よりも長く生き続けることがあります。そんなブランドを作るためには、やはり“本物”を提供しなくてはならないと思うのです。
田中:沖中さんのマーケティングのお考えをコンパクトにまとめていただき、ありがとうございました。
あとがき
ほぼ18年ぶりに沖中さんにお会いできたのは、私にとってとても貴重な機会だった。私はサントリーの方にお会いする度に、「御社には沖中さんという優秀なマーケターの方がいますね」ということを言ってきた。18年前の『伊右衛門』担当当時から変わらず、現在の沖中さんのマーケティングの考えには一貫している点が3つある。
第一点は、本物でなくては顧客に受け入れられない、という考え方をお持ちであること。逆に言えば、顧客が受け入れるものが本物なのだ、ということだ。それは伊右衛門にもVARONにも共通している。
第二点は、顧客が心の奥底で感じたり思ったりしていることで、顧客自身も気づいていないようなインサイトを引き出すこと。伊右衛門の成功は、沖中さんチームが顧客インサイトを発見して、それを緑茶のマーケティングに活かしたことが大きい。沖中さんは、今でも同じことを実践している。つまり、シニア顧客に対して、オンライン面談を駆使してインサイトを発見し、それをマーケティング実践に結び付けている。
第三点は、マーケティングとは売り込むことではなくて、顧客に受け入れられるような製品やコミュニケーションを行うものである、という考え方だ。Be supporters!の企画は、まさにこのような沖中流マーケティングを具現化した企画ではないかと思う。
引き続き、サントリーウエルネスさんと沖中さんの活動を注視していきたいと考えている。
