言い訳をしなくなった「善人」たち
DDDでは、心が動いた買い物や体験を調査する時、「実際にどのように心が動いたのか?」を重視し、調査対象者の自由回答を注意深く分析しています。前回の寄稿では、「堂々消費」と銘打ち、言い訳なく堂々と欲望を満たす消費が目立ってきたことを最近の調査結果の分析としてご紹介しました。
日本の消費者全体に見えるこの傾向を特に象徴的に表しているのが「等身大に楽しむ善人」の人たちです。昨年まで、彼らには“言い訳”というより、自分を“言い聞かせる”ためにじっくり考えて消費をしている様子がうかがえていました。そんな善人たちが、最新の心が動く消費調査では、言い訳をしなくなっている様子が見えてきたのです。
たとえば、あくまで一例ですが、以下のような自由回答がありました。
2022年5月調査での心が動いた買い物:中古の釣り用のリール(40代男性)
回答内容:自分の趣味であるキャンプや釣りに関して、ブランド志向が全くなく、逆に便利なブランド品と同等の役割を中古品や100均グッズの代用でどこまで補えるかということに普段は力を注いでいる。今回買ったリールは自分にとっては高級品過ぎて、新品ではおそらく購入することは無かったはずだが、要修理の訳アリ現状渡し品だったことから定価の30%程度で購入、自分のスキルで十分修理可能と判断して補修パーツも込みで前述の支出だったため、金額としては高額なのでずいぶん迷ったが、満足感はとても高かった。
2023年5月調査での心が動いた買い物:(鬼滅の刃/竈禰豆子)のフィギュア(40代男性、上記とは別人)
回答内容:ずっと欲しかったものを、お店でたまたま見つけて即買いした。
もちろん、これは同年代の別の男性の自由回答をピックアップした、やや極端な例のひとつです。今年の調査でも、他のクラスターに比べれば「等身大に楽しむ善人」の人たちは、自由回答をよく記述する(=消費に言い訳を見つける)傾向はあります。それでも、全体の傾向としては、昨年と比べると購入前の悩みが随分なくなって、シンプルに欲しいものを買い、行きたいところに行って、いい気分を味わっているようです。
根強い「公正世界仮説」
それにしても、日本人のど真ん中とも言える「等身大に楽しむ善人」たちは、昨年まで、なぜそれほどまでに言い訳が必要だったのでしょうか? 新型コロナ禍に伴う、よく言われる同調圧力のせいでしょうか?
「心が動く消費調査」では、11の欲望の元になる欲求項目以外にも、様々な「価値観」に関する項目を聴取しています。その中で、いくつか注目すべき結果をご紹介します。
努力はきっと報われると信じて努力する?
努力よりも、運で決まるのか? なんとも言えない部分もありますが、全体的には、どちらかというと運で決まると思っている人のほうが多いようです。

それでも、努力はきっと報われると信じて努力するか? これもまた何とも言えない問いではあるのですが、「等身大に楽しむ善人」たちは、そう思って頑張る人のほうがやや多数派です。「頑張っても報われないこともあるが、それでも頑張ったほうがいい」といった感覚でしょうか。

悪いことをしたら、どこかで報いを受けると思う?
「迷惑なことや悪いことをすれば報いを受ける」という考えについては、どのクラスターでもかなり強い結果が出ました。「そう思う」が全体の1/3以上、「ややそう思う」まで合わせると80%と、調査をした価値観項目の中でも、最も明確に「そう思う」と考えられている価値観のひとつです。

社会心理学で「公正世界仮説」という概念があります。昨今よく聞かれるキーワードです。公正世界仮説とは、この世は公正である、つまり「良いことをすればよい報いを受け、悪いことをすれば悪い報いを受ける」という思い込み(認知バイアス)のことを言います。以前からよく聞く言い方としては、「勧善懲悪」や「因果応報」と同義になるでしょうか。
昭和の時代は「水戸黄門」が、悪い奴らが懲らしめられる姿を見せてくれました。その後、韓国ドラマの流行り始めの頃は、日本のコンテンツに少なくなった、わかりやすい「勧善懲悪」に痛快な思いをした人が多かったと思われます。平成になると、「半沢直樹」が悪者を土下座させてくれました。昨今の漫画やアニメの大作にも、苦労の末、悪を倒し正義が勝つことが人を惹きつける部分が多々あります。
ネット社会で悪事は可視化されやすくなり、SNSで批判が殺到し、マスメディアがそれを後追いすることは日常茶飯事です。ここでは「公正社会仮説」の是非を語ることはやめておきますが、日本人の感覚として「公正社会仮説」が根強いことは否定できません。しかも、長引く景気低迷のせいなのか、「良いことをすればよい報いがある」より「悪いことをすれば悪い報いがある」のほうが強く出ている、と言えます。
得をするより損をしないほうがよい?マーケティングに活用できる「自動リスク回避性」
もう一つ、今回の価値観で「そう思う」が支配的だった項目が「得をするより、損をしないほうを選ぶことが多い」です。

特性としてリスク回避の傾向が強い「身近を愛する貢献者」「生活防衛隊」「人並シンプル」といったクラスターに限らず、全体的に「得をするより損をしない」と回答する人が多い結果になりました。新型コロナ禍からの解放が当たり前になるこの先も、言い訳をせず“堂々”と消費し続けてもらうためには、「実はよくないお金の使い方で、報い、すなわち損をしてしまう」という危険がないことを、直感的に感じられるものが支持されると思われます。「自動的に損するリスクを避けられる」ことを伝える、そんなマーケティング策になります。
このほかに、以下のような商品・サービスの特性が今後も支持されると考えられます。
・他人と違うことより、他人から即、認められる、わかりやすさ。
・安さより、透明性があり、安心感のある値付け。
・考えないで選んでも非難されないブランド力や定評づくり。