【特別寄稿】マーケターに必要な盲点を見つめる力
不安定な社会情勢、なかなか解決に至らない、もしくは認知されていない社会構造的な不平等の仕組み、日々見聞きする世界中の戦争や紛争のニュース。今日の多くの生活者は、大きな不安やジレンマを抱えながら過ごしています。
そんな中、2023年のエデルマンの調査結果によると、生活者が信頼を寄せる唯一の組織が26ヵ国平均で「企業」であるという結果が出ています。社会的なコンテキストでも、企業への期待値は年々高まる中、マーケターは何を見つめるべきなのでしょうか。
今回お話を伺った資生堂の取り組みの中では「盲点」というキーワードが出てきました。DE&Iの観点で自分自身の盲点に気づき、それを埋めるためのアイデアや取り組みが、今日のマーケターに求められているように感じています。自分の、そして組織としての盲点に気づくことの意味を、以下の2点から考察していきます。
(1)見えているはずなのに見えていない心理的盲点「スコトーマ」
人は、目に入る情報を全て処理することはできません。そのため、私たちの脳は「自分にとって重要な情報」しか取り入れず、「重要性の低い情報」を必要のないものと判断してみていないものとして、重要な情報だけを処理する機能があります。人が物事を認識するうえで無意識的に見落としてしまう盲点が「スコトーマ」です。
私自身が「スコトーマ」を意識したのは、子供を妊娠した時です。今までは目に入らなかった妊婦さんが急に街中に溢れているように感じました。もちろん、ある日突然妊婦さんが増えたわけではなく、妊娠する前までは全く自分の目に入っていなかった盲点「スコトーマ」だと気づきました。
「スコトーマ」ができる要因は主に以下の2点だといわれています。
(1)知識がないこと
(2)興味・関心がないこと
自分がある立場になってみて、または新しい体験をしたり、誰かと関わったことで、初めて知識を持ったり、興味・関心を抱いた経験は皆さんにもあると思います。
多様性が前提となる今の時代は、まずはマーケターの皆さんが見つめきれていない「盲点」が何なのかに気づく必要があります。そのために、まずは目まぐるしく変化する社会の動きを見つめながら、多様な背景や立場、状況にある人を見つめ関わる意志と、興味・関心を抱き続ける継続性が必要です。
たとえばGoogleのプロジェクト「Project Guideline」。アメリカの盲目のランナーからの「googleのテクノロジーを使って、視覚障がいのあるランナーが一人で走ることはできないでしょうか?」という問いかけから、自分たちが見つめきれていなかった視覚障害の方の状況や想い(盲点)を見つめたことがきっかけとなり、新たな価値創造を行った好事例の一つです。自分たちのアセットを活用し、どこにでもあるスマートフォンとヘッドフォンを使い、盲目のランナーが一人で走ることをガイドする、新しい技術を開発しました。
自分自身の「盲点」は何なのか? そんな問いを持ち続けることで、DE&Iを軸とした新しい可能性を、社会に提示していくきっかけをつくれるのではないでしょうか。
(2)認知的多様性の低さから生まれる組織的盲点
同じような属性の人で構成されている組織は、似たような視点や思考の傾向が生まれてしまい、結果的に全体像をとらえ損ねてしまう。つまり画一的な集団特有の「盲点」が生まれてしまうことが指摘されています。(出典:『多様性の化学』ディスカヴァー・トゥエンティワン)
デロイト トーマツ グループの調査では、「高成長企業はDE&I関連の人材目標を持っている割合が低成長企業と比較して1.9倍高い」という調査結果を発表しています。同時に、高成長企業は「人財採用目標」以外にも、「人材定着目標」「ブランドメッセージとイメージ」「コミュニティへの投資」において、DE&Iの取り組みに目標を定め、測定している割合が低成長企業に比べて高いこともわかっています。
これらの調査結果から、社内的にも社外的にも網羅的なDE&Iの取り組みが企業成長に寄与していることを示しているように思います。個人のマーケターが自分自身の盲点を見つめても、所属する組織の自体が盲点を生み出す根本の要因を生み出していると、その価値を反映することは難しくなってきてしまいます。
今回の取材で印象的だったのが、資生堂がDE&Iの観点を社内外に問いかける姿勢を、しっかりと実践を通して示しているということでした。社内が多様であれば、同じ職場で働く人から自分の盲点に気づくきっかけをもらえる可能性も高くなります。そんなきっかけが増えれば増えるほど、各マーケターが自分のアセットを活かして盲点を埋めるアイデアを考え、実践できる機会を増やしていくことにつながるのではないでしょうか。この記事をきっかけに、自分の盲点を、ぜひ社内・社外の観点から見つめてみてください。
