トレンド的な解釈は危険、リキッド消費の定義・概念
MarkeZine編集部:まずはリキッド消費の定義・概念から押さえていきたいと思います。解説をお願いできますでしょうか。
久保田:リキッド消費は、「バーディーとエカート(Bardhi and Eckhardt, 2017)」の論文で提示された概念で「短命ではかなく(ephemeral)、アクセスベースで(access based)、脱物質的な消費(dematerialized)」と定義されます。
Bardhi and Eckhardt(2017)で指摘された今日の消費の傾向
1.短命性:その時その時で、あるいはその場その場で、価値を感じるものが次々と変わり、それゆえ製品やサービスの価値がはかなく、短命なものとなる。
2.アクセスベース:何かを所有することにこだわらず、レンタルやシェアリングによって、その価値にアクセスできれば十分だと考える。
3.脱物質的:モノにこだわらず、むしろ物質よりも経験に価値を感じるようになる。
このうち、短命性=ephemeralは、日本語に訳すのが難しいかもしれませんね。短命性とは、一言でいうと、「ブランドや製品の“価値”が以前よりも短くなっている」ということを示しています。
たとえば、リキッド消費の代表例としてサブスクリプション・サービスがよく挙げられますが、音楽のサブスクが浸透したことで「1つの曲の命(価値)が短くなった」と思いませんか? 以前はCDを購入して、1つの楽曲なりアルバムを何度も繰り返し聴いていましたが、最近は多数の曲をつまみ食いできるので、時には1回聴いただけで「消費」されてしまいます。わかりやすく音楽のサブスクを例に出しましたが、こうした傾向は音楽だけでなく、様々なカテゴリーで起きています。
リキッド消費を理解する上で重要なのは、これらが「3年前と比べて~」といったレンジの話ではないということ。リキッド消費とは、20年、30年というレンジで見られる大きな流れである、ということを強調しておきたいと思います。
具体として今見えている「リキッド消費」は氷山の一角
MarkeZine編集部:マーケティング業界では、「モノを持たないZ世代」「タイパ意識の高まり」などといった比較的トレンディなトピックスと共に、リキッド消費が語られることが多い印象です。
久保田:そうですね、「リキッド消費ってサブスクのことですよね」といった理解をされている方も中にはいらっしゃるので、トレンド的な広がり方が進むことを危惧しています。もちろんサブスクリプション・サービスも、流行語となったタイパも、リキッド消費と深い関係があります。しかしそれらは、いわば氷山の一角に過ぎませんから、具体的に見える現象面ばかりに囚われないほうがよいと思います。
元々、リキッド消費は、社会学者のBauman(バウマン)教授が提唱した「Liquid Modernity:液状化する社会」という概念を消費に当てはめたものです。Bauman教授が『Liquid Modernity』を出されたのは、2000年6月ですから、もう24年も前から指摘されていたことになりますね。
MarkeZine編集部:せっかくなので、Liquid Modernityの概念についても詳しくお聞きしたいです。
久保田:社会自体が液状化するとは、どういうことかと言うと。たとえば、昔、ヨーロッパの人々においては、「ある村で生まれたら、たいていは父親や家族と同じ仕事に就き、近くにある教会に行ってお祈りをする」というような暮らしが普通でした。けれど、今は親と同じ職業に就くとは限りませんし、近くの教会に通う人も少なくなっています。引っ越して違う国で暮らす人もいますよね。さらには、男性は女性と、女性は男性と結婚するといった“当時は普通とされていたこと”もなくなりつつある。Bauman教授は、これらの変化を「社会全体が液状化している」と捉えたわけです。ちなみに、Bauman教授はLiquid Modernityについて「先が見えない、不確実で、不安な社会になっている」とネガティブ面も指摘されているんですよ。
こうした主張を参考に、Bardhi教授とEckhardt教授が提示したのがリキッド消費です。リキッド・モダニティが社会全体の流動化を指摘したのに対して、その中の消費部分に焦点を絞って論じたのがリキッド消費です。リキッド消費自体とても大きなコンセプトですが、さらに大きなリキッド・モダニティというコンセプトの一部に組み込まれるものなんですね。
MarkeZine編集部:なるほど、起源を知ることは大事ですね。リキッド消費の見方・捉え方が正されたと思います。