ベストアルバムは新規顧客層との新たな接点
江端:今回、「綾鷹」のテレビCMには新曲ではなく、2002年リリースの「traveling」を再レコーディングしたものが起用されました。これにはどのような狙いがありましたか。
梶:今回「綾鷹」では、ボトルと味が新しくなり、それを「自分のリズムでいこう。」という前向きなメッセージで訴求したいということでした。この世界観と再レコーディングの「traveling」は非常に世界観がマッチしていたというのが起用の大きな理由です。
梶:ですが、もう一つ大きな理由がありました。それは、サブスクサービスの普及で若い世代が昔の曲にアクセスしやすくなったことで、昔の曲を“新しい曲”として再評価をする流れが来ていることです。
実際、Netflixのドラマを発端に「First Love」がアジアの若い世代で流行したり、エヴァンゲリオンの主題歌をきっかけに欧米の人々の間でファンが生まれたりしてきています。
今回が初となるベストアルバム『SCIENCE FICTION』は、長年のファンに対してお礼の気持ちを伝えるだけでなく、若い世代や海外の新規顧客層に「こんな曲もありますよ」と紹介する役割を持たせたいという考えもありました。こういった理由から私たちは、「traveling」を若い世代に向けた新曲として起用しました。
江端:ベストアルバム自体のテレビCMはどのような設計で行いましたか。
梶:従来のベストアルバムでは「あれもこれも入ってお買い得」といった訴求を同一のクリエイティブで行うのが一般的でした。しかし今回は、まず5パターンくらいのクリエイティブをつくり、オンラインでA/Bテストを実施。これにより、属性ごとに刺さるクリエイティブを明らかにし、たとえば「20代の視聴者が多い番組にはAのクリエイティブを流す」といった形式でプロモーション効果の最大化を図りました。
25周年の節目でエンゲージメント強化を目指す
江端:デビューから25周年の節目である2024年ですが、これまでのプロモーションで梶さんが大事にされてきたことと2024年に注力していきたいことはありますか?
梶:約25年間、私は“宇多田ヒカル”ではなく彼女の“楽曲”をプロモーションしているというスタンスを非常に大事にしてきました。そして、一人でも多くの人にまず曲を好きになってもらい、それを友人や家族にシェアしてもらうことを目指しています。
とはいえ25周年という節目の年ではあるので、2024年はファンと宇多田が交流できるような企画を複数行い、ファンとのエンゲージメントをより高めていきたいと考えています。
そういった企画を通じて、毎日何かしらの情報を更新することで、SNS上の急上昇トピックやトレンドに入ることできます。そして、それがまた新規ファンの獲得にもつながっていくと思っています。
江端:本日のお話を通して、梶さんは時代に合わせてチャネルをうまく使い分けてプロモーションを行っていると感じました。宇多田さんには25年の歴史があるにも関わらず、現在でもなお新規のファンを開拓し続けているのは本当にすごいことだと思います。
また、企業とのタイアップを行う際にもブランドと楽曲の世界観をうまくシンクロさせることで相乗効果を生み出していることから、改めて広告感を出しすぎないことの重要性を感じました。本日はありがとうございました。
