「靴を作るのをやめる」米国代理店ブロードヘッドの事例
これらの処方箋に従いアクションを起こしている広告代理店の実例として、米国のブロードヘッドの名前が挙がった。同社のCEOを務めるディーン・ブロードヘッド氏が登壇し「Stop Making Shoes(靴を作るのをやめる)」というタイトルで2年半に及ぶ自社の変革を語った。
「ナイキは世界最大の靴会社だが、工場を1つも持たない。作ることではなく、デザイン、技術、イノベーション、ブランドに集中している。私たちも同じことをした」とブロードヘッド氏は切り出す。同社は2年以上前から時間課金を廃止し、現在は時間管理自体をしていない。かわりに構築したのが社内AI-OS「Butter」だ。スコープ作成、ブリーフィング、データ集計などをAIで自動化し、社員の90%がButterを毎日使っているという。このモデルで昨年は21社の新規クライアントを獲得し、うち3社と専属契約を結んだ。
同じテクノロジートラックで「5 Hard Lessons from 100+ Agency AI Initiatives(100件以上の広告代理店におけるAI導入事例から得られた5つの厳しい教訓)」と題されたセッションもスタート。400〜500社のAI導入を支援してきたペドロ・ラボイ氏が最も重要な教訓として挙げたのは「慣性こそ最大の敵」という言葉だ。
【右】Brand Nexus AI 創業者兼最高AI責任者 ペドロ・ラボイ氏
「AI変革の成否を分ける要素は95%が変革管理で、5%が技術だ。人は本能的に変化に抵抗する。これが最大の障壁となる。技術よりも先に戦略・組織・人の設計が必要であり『どのLLMを選ぶか決めてから使い方を考える』という逆順が最も失敗しやすい」(ラボイ氏)
また組織には「K字型」の3層が存在するという。上に向かう推進役が30%、条件次第で動く指示待ち層が30%、そして意図的に抵抗する層が30%。米国のHRテック企業ワークデイの調査では、29%の従業員が「AIイニシアティブを意図的に妨害している」と答えている。日本の現場で散見される「AIを導入したが使われていない」という課題は、技術ではなく変革管理に要因があったのだ。
価値に値段をつけるか、底辺への競争に資金を提供し続けるか
このイベントで示されたのは「5つの発見、1つの選択」だ。AI採用率87%という数字の裏側で、61%が投資を自腹で吸収し、効果を測定できないまま効率化の果実をクライアントに渡し続けている。価値に値段をつけるか、底辺への競争に資金を提供し続けるか──日本の代理店にも同じ問いが突きつけられている。
エージェント型AIに対するクライアントの期待が白紙状態の向こう18ヵ月は、広告代理店がその価値を主体的に定義できる最後の期間かもしれない。ブロードヘッド氏が靴を作ることをやめたように、読者の皆さまにも次の3つの問いを自己診断の起点にしていただきたい。
- AIへの投資コストは誰が負担していて、その内訳をクライアントに説明できているか
- コスト削減以外の価値をKPIに設定する合意がクライアントから得られているか
- エージェント型AIを「価値創造のカテゴリ」として位置づける準備が自社にあるか
Doom Loopは、気付いた者だけが抜け出せる。
