分析設計は「作業に入る前の図面」
前回、ドラッグストアを例に「なんだか優良顧客が離れている気がする」という漠然とした予感から、「来店間隔が以前の2倍以上に延びた優良顧客ほど、健康・美容カテゴリーの購入が減っており、競合チェーンへスイッチしているのではないか」という仮説にたどり着きました。
仮説を立てると、多くの現場では「とりあえずデータを確認してみよう」と集計・分析が始まります。早く手を動かしたくなる気持ちもわかります。しかし、ここで一度立ち止まる価値があります。
分析設計=仮説を検証可能な作業手順に翻訳する工程を行いましょう。この工程が曖昧なまま作業を始めると、後で必ず手戻りが起きます。
よくあるのは、次のような事態です。
◯分析設計を省くと起きがちな手戻り
- 集計作業を進める中で「そもそも優良顧客など言葉の定義を決めていなかった」ため、定義のすり合わせが必要なことに気づく
- 比較対象を用意しておらず、変化の良し悪しが判断できない
-
集計は終わったが、「この結果からは何が言えるのか」に誰も自信を持って答えられず、不確かさをなくすための追加集計が延々と続く
いずれも、分析作業そのものが失敗したわけではありません。着手前に決めておくべきことを決めていなかったことが招いた失敗です。そして、この工程はAIをうまく使えば効率的かつ的確な設計ができます。ただし、判断そのものは人が担う必要があり、人とAIの役割分担が最も問われる場面でもあります。
ここから、分析設計の基本とAI活用について解説していきます。
分析設計の5つの構成要素
次の表は今回の仮説に基づいた分析設計書の記載例です。分析設計書に決まった様式はありませんが、最低限おさえるべき要素が5つあります。
| 項目 | 記載内容の例 |
|---|---|
| 検証したい仮説 | 来店間隔が以前の2倍以上に延びた優良顧客ほど、健康・美容カテゴリーの購入が減っており、競合チェーンへスイッチしているのではないか |
| 言葉の定義 | 優良顧客=基準期間12ヵ月の購入金額上位20% |
| 来店間隔=チェーン全体・購買日ベースの平均日数(同日の複数回来店は1来店とみなす) | |
| 間隔延伸群=直近期の平均来店間隔が基準期の2倍以上に延びた顧客 | |
| 比較軸 | 時間:基準期間 vs 直近期間 |
| セグメント:間隔延伸群 vs 間隔維持群(いずれも優良顧客内) | |
| 分析手法 | 群別・カテゴリー別の購入金額/購入者率のクロス集計と増減比較 |
| 分析対象・期間 | 対象チェーンの優良顧客/全店舗/基準期間・直近期間 各12ヵ月(季節性の影響を排除するため通年で取得) |
1.検証したい仮説の明文化
まず、検証すべき仮説を一文で書き切ります。当たり前に思えますが、「なんとなく共有できているつもり」で進み、途中で関係者の間で認識のズレが生じていると発覚することは珍しくありません。
2.言葉の定義の統一
ここが分析設計の中で最も認識がずれやすく、すり合わせが必要なところです。同じ言葉でも、人によって思い浮かべるものは違います。たとえば「優良顧客」一つをとっても、ざっと下記のような定義が候補としてあがります。
◯優良顧客の定義例
- 年間購入金額の上位20%
- 来店頻度が一定以上
- 特定カテゴリーの継続購入
人それぞれ思い浮かべる定義は違いますし、定義次第で分析対象となる人が入れ替わります。ここは早めにすり合わせておきましょう。
今回の仮説の核である「来店間隔」も同様です。同一店舗への来店を数えるのか、チェーン全体で数えるのか、同日に複数回来店した場合を1来店とみなすのか。決め方次第で、「間隔が2倍以上に延びた顧客」として抽出される人が変わってきます。
そして、認識を合わせるだけでは十分ではありません。「年間購入金額の上位20%」と決めたとしても、いつ時点から集計するのかまで決めなければ、集計作業に入れません。分析設計の工程は、言葉を計算可能な式に落とす作業でもあります。
3.比較軸の設計
売上や数量といった数値は、単体では意味を持ちません。たとえば「健康・美容カテゴリーの購入金額が15%減った」という事実があったとしても、何の金額と比べて15%減なのかが定まって初めて解釈できます。
比較軸には、大きく4つの方向があります。
◯4つの比較軸
- 時間:過去の実績と比べる。前月、前年同月など。「以前より来店間隔が延びている」という見立ては、この軸で確認します
- 目標:計画値やKPI目標と比べる。「優良顧客の維持率90%」といった目標があるなら、達成・未達がそのまま打ち手の要否につながります
- 全体:分析対象が属する母集団の平均と比べる。来店頻度の低下が優良顧客に固有の現象なのか、全顧客に起きている変化なのかを確認できます
- セグメント:同じ時点の別の群と比べる。来店間隔が延びた群と維持している群、エリア別、年代別など。「誰に起きているのか」を特定する軸です
重要なのが、差が出たときに意思決定が変わる比較軸を選ぶことです(前回、仮説の優先度をビジネスインパクトで評価したのと同じ考え方です)。差が出ても打ち手が変わらない切り口は、比較軸としての価値が低いということになります。
一方で、4つの比較軸をすべて使う必要もありません。今回の仮説「来店間隔が以前の2倍以上に延びた優良顧客ほど、健康・美容カテゴリーの購入が減っており、競合チェーンへスイッチしているのではないか」であれば、【目標】は優良顧客維持の数値目標を置いていないため、【全体】は今回の関心が「優良顧客の中で誰に起きているか」にあり、全顧客と比べても打ち手が変わらないため、いずれも使いません。
4.分析手法の選定
手法は、仮説を検証するために必要十分なものを選びます。ここで陥りがちなのが、手法の高度さと分析の価値を混同することです。
「せっかくなのでクラスタリングを」「機械学習で離脱予測モデルを」と考えたくなりますが、今回の仮説であれば、群間のクロス集計とカテゴリー別金額の増減比較でほぼ検証できます。複雑な手法は、結果の解釈にも説明にもコストがかかります。意思決定者に伝わらない分析は、正しくても使われません。
5.分析対象・期間の決定
対象顧客、対象店舗、対象期間を確定させます。期間設定では、季節性の影響を受けないか、イベントやセール等の特殊要因を含む期間ではないかを確認します。今回であれば、健康・美容カテゴリーは花粉症シーズンやUV対策シーズンで需要が大きく動くため、比較する2つの期間がこうした山谷をまたいでいないかは必ず確認すべきポイントです。
