すべてのお客様が神様なのか? 企業が見ていないデータの“先”
AIの普及によって、一人の人間がこれまでよりも高度な作業をこなせる時代になった。裏を返せば、同じようなオープンデータを学習したAIを使えば使うほど、そのアウトプットは似通い、コモディティ化していく。こうした状況に、倉橋氏は危機感を抱いている。
「データの量や分析の技術そのもの以上に、その活用目的や質が問われるようになりました」(倉橋氏)
では、倉橋氏のいう質とは何か。そこで挙げられたキーワードが、「カスタマーセントリシティ」、すなわち顧客中心主義である。
プレイドは、オンライン・オフラインを問わず、顧客一人ひとりの行動をリアルタイムにデータ分析し、企業の意思決定につなげる支援をしてきた。そうした取り組みの中で、多くの企業が売上やサイトへのアクセス数は見ていても、その先にいる“人”を見ていないことに課題を感じていたという。
そんなときに倉橋氏が出会ったのが、登壇者の一人であるフェーダー氏の原著『Customer Centricity』だった。同氏の考え方に深く感銘を受けた倉橋氏は、後に自ら監訳を手掛け、日本語版『カスタマーセントリシティ 「正しい顧客」に集中する経営戦略』(ダイヤモンド社)を出版するに至る。
「顧客一人ひとりは違う人間です。この当たり前の事実に立ち返り、自社にとって最も価値の高い顧客をデータで見極める。そして、そこに経営資源を集中させることが、カスタマーセントリシティの考え方です」(倉橋氏)
倉橋氏の紹介を受けて、フェーダー氏は日本企業の意思決定層に「あなたは顧客を過小評価していないか」と問いかけた。この質問には、「それぞれの顧客がもたらす経済的価値を知っているか」「その価値が顧客間でどう異なるか理解しているか」「過小評価されている顧客を認識しているか」という3つの意味が込められている。
フェーダー氏は、日本でよく聞く「お客様は神様」という考え方には同意すると前置きした上で、「必ずしもすべての顧客が等しく神様であるわけではない」と語る。
「一部の顧客の価値が、他の顧客よりも高いということを認識しなければなりません。これは、その他の顧客を切り捨てることとは違います。それぞれの顧客がもたらす実際の経済的価値をデータ化することで、すべての顧客への対応はむしろ良くなる。より高い価値をもたらす顧客には、さらに手厚く向き合う。これこそが問いの本質なのです」(フェーダー氏)
そのために重要となる指標が、CLV(顧客生涯価値)だ。ある顧客がどれだけの期間にわたって自社を選び続け、どの程度の頻度で製品を購入し、その都度どれほどの金額を使うか──この「期間・頻度・規模」の三つの観点で、顧客一人ひとりが将来もたらす価値を測る考え方である。一方で、これまで多くの企業では、顧客よりも「製品の生産数や販売数」にフォーカスしていたという。
「どれだけの製品を売ったかよりも、どれだけの顧客を獲得できたか。そのうち何人が継続的に自社を選び続けてくれているかに視点を移すべきです。すでに一部の企業は、この重要性に気づき始めています」(フェーダー氏)
倉橋氏やフェーダー氏が示すように、顧客データは企業の価値を測り直すための出発点だ。ただし、本カンファレンスのテーマにある「価値を創るデータ」は、顧客データだけを指すのではない。企業の中には、まだ可視化されていない価値の源泉がほかにも眠っている。ここから議論は、その一つである社内に蓄積された経験やノウハウ、すなわち「暗黙知」へと移っていった。

