「金融工学」とは
金融工学は、金融機関が事業活動を通じて取り扱うさまざまなリスクを計測し、適切に管理することを目的とする金融実務に即した学際的領域である。その基本的な考え方は、過去のデータに基づき将来のリスクを予見することにあり、予見結果に基づきリスクを極小化、利益を最大化することが金融工学のゴールである。
金融工学は1950年代以降、経済学・会計学・工学・数学などの学問領域と接点を持ちながら形成された。一説によると、NASAによるアポロ計画(1961年~1972年)が終了し、優秀なロケットサイエンティストが大量にウォール街に職を求めたことにより、金融工学が飛躍的に発展したと言われている。
さて、本稿で取り上げる「信用リスク管理」は金融工学の派生技術であり、過去と現在のデータに基づき、個人あるいは企業が債務不履行(デフォルト)に陥る確率、すなわち「リスク」を「予見」する技術の総称である。主に、クレジットカードの発行、住宅ローンの融資、企業への資金の貸付などに幅広く利用されている。
今回は、信用リスク管理とデータドリブンマーケティングの意外な共通点を解説するために、読者の皆様になじみが深いクレジットカード業界における信用リスク管理に焦点をあて、そのメカニズムを解説したい。
担当者の勘と経験から、データにもとづく信用リスク管理へ
日本ではじめてクレジットカードが発行されたのは1960年代である。時まさに高度経済成長のまっただなかで、給与は右肩上がり、終身雇用制が当たり前の時代。ITも未成熟であり、クレジットカードの信用リスク管理は担当者の勘と経験に任されていた。それでも当時はクレジットカードの発行枚数が少なかったので、何とか人手で発行業務は回っていた。
しかし、1980年代半ばに各社の参入が相次ぎクレジットカードの発行枚数は1000万枚を越え、発行枚数の増加に伴いデフォルトも増え続けた。いわゆる「サラ金」が社会問題化したのも1980年代である。業界にとって致命傷となったのは1993年のバブル崩壊である。大企業勤務、既婚、持ち家=安全という方程式は完全に崩壊した。
結果、このころから自己破産者が急増し、クレジットカード会社においては、担当者の勘と経験に依存しない、データに基づく厳格な信用リスク管理が必要とされるようになった。また1990年初頭から大型汎用計算機(メインフレーム)やワークステーションの計算性能が飛躍的に高まり、価格も安価となり一般企業に広く普及。時代はこれらを活用したデータドリブン的な信用リスク管理の高度化と自動化へと大きくシフトしていくことになる。
クレジットカード会社の信用リスク管理はどのように行われるのだろうか。まず、クレジットカード発行時(初期与信時)には、過去の入会申込者の属性データと入会後1年以内のデフォルトデータをデータベース化して、どのような属性の申込者がデフォルトしやすいのかを自動的に予見する統計的数理モデルを開発する。このモデルを活用することで新規申込者ごとにデフォルト率を予見し、一定率以上の新規申込者については入会を断るか、極めて小額の利用枠しか与えないなど信用リスクを管理(コントロール)する。同時に、リスクの見える化、カード発行業務の省力化が図られた。