人の心を捉えるには、サイエンス×アートが必要
MZ:今、DMPを活用した広告や自社サイトの最適化が進み、テクノロジーの進歩によって自動化できる部分も広がっています。今回は、東京大学との共同研究などを通した分析力に定評のあるデータアーティストの山本さん、そして同社とデータ面で協業しているワイヤーアクションの松永さんに、最新の分析システムでどのようなことが可能になっているのかをうかがっていきます。
山本さんには過去にMarkeZineDayにも登壇いただきましたが、データアーティストは一昨年の設立時より、ランディングページの最適化を行なうLPO事業を主軸にされていますよね。
山本氏:はい、現在もLPOツール「DLPO」を提供しています。その傍ら、分析とデータの精度にこだわったサービス開発や、コンサルティングも行っています。元々私は大学院で人工知能の研究をしていたので、開発にはその経験も活かしています。
MZ:ちなみに、データ“アーティスト”という社名にはどのような意味が込められているのですか?
山本氏:私自身もデータサイエンティストとして、データの有効性を強く感じています。ですが、一方で本当に人の心をとらえるコミュニケーションは、データだけでは実現できないとも考えています。理屈では説明できない、人間ならではのひらめき、言い換えれば“アート”が必要です。企業がデータを扱うアーティストになれるように、当社は環境構築の部分を支援したい。社名には、そんな思いを反映しています。
テレビの流行も科学的に分析、「需要の芽」を見つける
MZ:現在、データアーティストは、電通グループのワイヤーアクションとの協業を進めているとのことですが、ワイヤーアクションの事業領域をうかがえますか?
松永氏:当社は、テレビ番組で放映された情報「テレビ放送メタデータ」を提供しています。テレビ番組を24時間365日、人的にモニタリングしてデータベース化しているのです。メディアは多様化していますが、今でもテレビの話題性や需要喚起の力は健在です。テレビに取り上げられることで生まれた需要と、デジタル上での行動をうまく掛け合わせてソリューション化することを目的に、データを作成しています。
MZ:テレビで流れた情報を、分析可能なデータの形にしているんですね。データアーティストとは、どのような形で協業しているのでしょうか?
山本氏:LPO事業もそうですが、当社はウェブマーケティングの中でも特に獲得領域を主に扱っています。しかし、データ分析の精度が上がるほど需要の刈り取りが進み、当社が把握するオンラインのデータだけでは新しい需要の創出が難しいという課題があります。
そこで、ワイヤーアクションのテレビ番組のデータを当社のサービスに組み入れ、テレビの流行も含めて科学的に分析することで、需要の芽を見つけようとしています。
潜在層にアプローチし、新しい需要を生み出したい
MZ:オンラインの検索行動の増加でもブームの兆しは分かりますが、テレビ番組での紹介やその文脈を合わせて分析すれば、もっと手前の兆しを捉えられるということでしょうか?
山本氏:そうですね。簡単な例ですが、昨年に比べて肉を食べる機会は増えていませんか? 肉を扱ったイベントや熟成肉など「肉」が雑誌などで目立っているかと思います。実際、テレビ番組での紹介も増えています。すると肉への関心が高まって需要が増える。さらに紹介の文脈によって検索行動も変わってくるので、それらを総合的に分析して、潜在的なつながりを見つけ出し、LPや広告に反映することができます。
松永氏:自然言語処理などのテクノロジーを使ってブームの兆しを捉え、コミュニケーションに反映すれば、まだ自身が抱いているニーズに気付いていない人に気付いてもらい、購買などの行動を喚起できます。
マスメディアを含めたコンテンツマーケティングのようなイメージですね。山本さんとの取り組みの背景には、先ほどお話ししたメリット以上に、新しい需要を生み出たいというビジョンが合致していたことがあります。
山本氏:消費を促すには「モノ」を推すだけではなく、モノが欲しくなる事柄、文脈をつくる「コトづくり」が重要です。この2つが掛け合わさったときに爆発的なヒット商品が生まれている。私は、日本はモノづくりだけでなく、細やかなコンテンツ制作などによるコトづくりにも長けていると思っています。テレビ×デジタルのデータ活用で、コトづくりを科学的に起こせるのではないかと考えているんです。
精度の高いデータからキーワード同士のつながりを見つける
MZ:具体的に、どのような分析や施策が可能になっているのでしょうか?
山本氏:テレビ番組で登場するものや、オンライン検索といったオーディエンスデータなどを含めて、キーワード同士の関係性を可視化することができます。これらに、クライアントから提供が可能なら属性や購買データなどを掛け合わせて、LPOツールなどを使ってコミュニケーションを最適化すれば、コンバージョンの向上が見込めます。
松永氏:このときに大事なことは、データの精度です。テレビ番組でスポーツ飲料が紹介されたとき、じゃあスポーツ飲料のバナーを出そうと判断するのは簡単ですが、それだと広がりがありません。テレビでその商品がどのような文脈で取り上げられたのかといった、データとして扱いにくい情報をしっかり構造化できて初めて、一般生活者がピンとくるつながりを見つけ出せるようになります。
山本氏:例えば、夏場はテレビで「熱中症」が繰り返し取り上げられます。分析すると、熱中症とスポーツ飲料との間には「塩分補給」「ナトリウム」といったキーワードが挙がってくるので、これをブリッジさせればユーザーに響きやすくなりますよね。
このレベルなら誰でも考えつきますし、実際に熱中症に関連した訴求で売上を伸ばした商品もあるようです。ですが、担当するすべての商品で可能性のある文脈を見出すのは難しいと思います。そのあたりを、科学的にかなりアシストできるようにしていきたいと考えています。
重要なことは、地道に運用を重ねて施策の精度を上げること
MZ:ブームの兆しやキーワードのつながりが分かると、LP以外の広告コミュニケーションにも活かせますね。
山本氏:もちろん、そうですね。LPOはデジタルの施策として機械的にできることなので、そこは迷わずすぐに打つことができます。一方、キーワードのつながりや盛り上がる時期などの分析結果は、マス広告やキャンペーンのプランニングにも大いに役立つと思います。
松永氏:店頭のMD※でも活用できます。先ほど挙げたスポーツ飲料だと、例えば冬場に話題になる「乾き」対策の「水分補給」という文脈でも訴求できるので、冬の売り場づくりに活かすなどが考えられますね。
※MD(マーチャンダイジング):新商品・製品・サービスの開発や調達を通じて、戦略的に品揃えを行う活動のこと。
MZ:ちなみに、分析やそれに基づくデジタル施策の結果は蓄積できるのでしょうか?
山本氏:当社の「DLPO」と連携すればDMPに蓄積できるので、施策の反応データとともに知見を蓄積できます。また、人工知能を使った自動学習エンジンも備えているので、その点でも施策の精度を上げていくことが可能です。
ただ、大事なのは、やはり一次データの精度なんですよね。いくらシステムが素晴らしくても、そもそも扱うデータの精度が低いと結果が出ません。
松永氏:最近聞く言葉でいうと「マスターデータマネジメント」ですね。実際、テレビ番組の情報を取り入れてリアルタイムでLPOを行ったとしても、数時間で急にコンバージョンが跳ね上がるわけではありません。精度の高いデータを前提に、地道に運用を重ねることで、少しずつ成果も上がっていきます。
制作者や生産者に利益が還元される仕組みへ
MZ:テレビ番組のデータやオーディエンスデータを含めた分析と打ち手を、両社でソリューション化している最中とのことですが、今後の展望や期待をお聞かせください。
山本氏:私がテレビ番組のデータが重要だと思っているのは、プロの制作者がつくったものだからです。限られた枠を目指して切磋琢磨してつくられているテレビのコンテンツの質は、やはり高いと思います。
冒頭で需要の創出とお話しましたが、当社ではそれによって日本の活性化を目指しています。同時に、コンテンツや広告の制作者、実際に売れたモノの生産者など、質の高いものを生み出した人に利益が返る仕組みをつくりたいですね。 さらに個人的には、事業を通して、地味に思われがちな理系の力を活かせればと思っています。
松永氏:私も同感です。システム開発には有能な理系の人材が多くかかわっているので、そうした部分にもスポットが当たると嬉しいですね。
MZ:ありがとうございました。ちなみに、直近で注目のキーワードをひとつ教えてもらえますか?
山本氏:「卵」ですね。エッグベネディクトといった新しい食べ方も出てきて、分析からも勢いよく伸びていることが分かります。夏場に必ず聞く「土用の丑の日」といえばうなぎですが、本来は滋養をつける意図なので、同じく滋養のある卵と掛け合わせた「う巻き」などはいかがでしょうか。
こういったつながりを見つけるのに、自動化できるところはシステムに任せて、人の力ならではの発想に時間を費やしていただければと思います。