マーケターに求められる、エージェンシーの力を引き出す「目利き力」
――事業会社内の人材育成についても、成功の条件はありますか。
祖谷:日本の場合は総じて総合型人材を育てる傾向が強いと言われており、実際マーケのスペシャリストとして、長期的にマーケティング部門でキャリアを積み上げられる人は決して多くはないですよね。こうした人材育成文化を見直すのも一つの手だと思います。

――新しいマーケターを育てていくとして、どのようなスキルが求められるのでしょうか。
岡田:日本では大手広告代理店にデジタル、マスなど関係なくマーケティング活動全体を包括的に一任することがまだまだ多いですが、海外では、特にデジタル分野では、デジタルに強みを持つエージェンシーを組織横断の全体最適なチームとして編成していくケースが増えていると感じています。日本もそうなるかわかりませんが、事業会社のマーケターにはエージェンシーなどの発注先に対する「目利き力」が必要になるでしょう。
また、自社のデジタルトランスフォーメーションの触媒となるような社内組織を構想する力も必要でしょう。とある方の言葉ですが「事業者側はプロデューサーになる必要がある」のです。事業会社にはリソースやプロフェッショナルな人材が不在でもあるため、自社ではできない役割を、その領域に強みを持ったエージェンシーが担えばいいのですから。
――事業会社にはプロデューサーとしてエージェンシーの力を引き出す機能が求められるわけですね。
祖谷:4マス広告が主流の時代にあっても、エージェンシーによって強み弱みはあり、それぞれの強みをうまく引き出している事業会社は多くありました。環境が変わったとしても、もともと培ってきたプロデュース力やデータアカウントのセンスは活きるはずです。大事なのはエージェンシーに依頼した業務の結果を事業会社の目で確認して、次につなげるための知見を得ることです。
もう一つ大切なのが、現実的な施策設計をする力と、外部のプロの力を借りる力です。人手不足の話にも関わりますが、「人手はないけれど自分たちだけですべてのデータを読み解かなくては」と頑張りすぎるとパンクしてしまいます。すべてのデータを全網羅的に見ようとするのではなく、アクションに活かせるデータにフォーカスして分析を行い、PDCAを回していくという意識は重要です。そして、適切な外部パートナーに頼るべきところは頼る。
マーケターのやるべきことは、数字とにらめっこすること自体ではありません。数字と向き合う事に囚われすぎて、エンドユーザーとどのようにエンゲージするかを考えることができなければ、本末転倒です。エンドユーザーが求めているのは、企業がどんなエクスペリエンスを提供してくれるか、です。エンドユーザーを満足させるエクスペリエンスの「提供」こそがマーケターの任務なのです。
マーケティングの領域拡大に組織を対応させる
祖谷:テクノロジーの進化により、マーケターにとって顧客体験について考えるべき領域がこれまでになく広がってきています。
――マーケターのミッションが拡大する中、組織はどのように変わればいいのでしょうか。
祖谷:マーケティング組織がクロスファンクションを担うケースはありますね。マーケティング組織を、サプライチェーン・製品開発・顧客窓口といった様々な担当者が参加するクロスファンクショナルチームへと編成し直すのです。
岡田:組織を考えるにあたっては業務プロセスも重要になります。変化の激しい競争環境を考えれば、エリック・リースが提唱するリーン・スタートアップという考え方に依拠し、「短いタームでプロトタイプを作り、コミュニケーションと製品がもたらすエクスペリエンスを高速で改善していく」という業務プロセスを見据えた組織づくりが望ましい時代なのかもしれません。
祖谷:制作領域においても、モックを作って高速で改善するといったプロセスを構築するには、現場のプレイヤーに責任と権限を与えることが前提になります。裁量がある現場をちゃんと管理できるマネージャーも重要です。
そして、ひとつひとつのブランド/プロダクトについて考えなければならないことは非常に多岐にわたるため、一人のマネージャーが複数のブランド/プロダクトを抱えなくても済むような組織設計が望ましいといえます。
岡田:現場のプレイヤーに責任と権限を与えるには、マネジメント層が、現場は何をしていて、どんな壁と向き合っていて、何を目指しているかをガラス張りで見ていないといけないですね。そのためには、業務の見える化が必要になってきそうです。
――まだまだお話しを伺っていきたいのですが、時間が来てしまいました。おかげさまで、日々事業会社と直接向き合っているお二人ならではの、実践的でヒントが盛りだくさんの対談になったかと存じます。お二人ともどうもありがとうございました。