オムニチャネル完成への5つのステップ
ではここからは、以下の項目を順に解説していきたいと思います。
- オムニチャネル体制構築の手順
 - 自社ECとその整備
 - システム開発の段階
 - ITツールのトレンドと活用
 
はじめに「オムニチャネル体制構築の手順」について、私は5つのステップがあると考えています(図表1)。

オムニチャネル化というと、とかく(4)のシステムやテクノロジー活用の話から始める方が非常に多いのですが、ここが最初のつまずきポイントです。そんな話をうかがうたび、「いやいや待ってください。まだ下地ができていません!」と言いたくなります。
オムニチャネルの前に、まずはECの土台を作ることが必要で、と(2)はその点に関わります。まず(1)のチームビルディングのポイントは、強いリーダーシップがある人がECを牽引することです。たとえばBEAMSなら矢嶋正明さん、アーバンリサーチなら坂本満広さん、アダストリアなら田中順一さんなど、EC先進企業はいずれも立役者の名前がパッと挙がります。
ちなみに、矢嶋さんと坂本さんは生え抜き、田中さんは中途入社です。社内に顔が利く人だと、事業部側との話もスムーズですが、もし外部からECやデジタルに詳しい人を迎える場合、できるだけ店舗オペレーションの経験があるほうがいいです。もしなければ、社内の交渉力を含めてその部分を補完する内部の人材と組んでもらうのが得策です。人材育成とチームづくりなくして、オムニチャネル推進は不可能と言っても過言ではありません。
(2)の自社ECの強化と規模拡大をステップに入れているのは、ある程度は自社ECの売上を上げながら、単独の事業体として成立させ、ノウハウを蓄積したほうが(3)や(4)に有効で、同時にリスクヘッジにもなるからです。新規システム導入や既存システムの改修をしたくても、その費用をマイナス成長の店舗側ですべて分担するとなると、決裁をしにくくなるでしょう。最悪、投資した分を自社ECで増やしていく利益でカバーできればリスクは極小化できます。
また、自社EC拡大にはシステム改修が必須で、その経験を積むことで、オムニチャネルの開発時も優先順位付けやベンダーマネジメントが可能になります。一方で、経営者や事業部も、成果を出さない部門の言うことには耳を傾けてくれないので、社内交渉にも有効です。さらに規模が大きくなれば、人を増やすことにもつながるので、(1)と(2)は地道なステップですが、土台を強くする構造として必要だと考えています。
土台ができてはじめてテクノロジーが生きる
(3)のECと店舗のサービス同期は、(2)と並行して進めてもいいですね。たとえばアパレルでよく実施している条件付きのノベルティ配布やセット販売での割引は、ECでも実現ができる販売方法で、必要であればシステム改修を加えればよいでしょう。一番難しいのは、販売日を合わせることです。ECだとどうしても、商品を撮影し、採寸してサイズを把握し、紹介文とともに原稿を書く作業が発生するので、生産工場から店舗とECの撮影所に同じ日に到着したのでは販売日がずれてしまうのです。
この「ささげ(撮影・採寸・原稿)」業務を先行して進めるために、前職では納前(のうまえ)と呼ばれる、生産管理担当が店頭に並ぶ製品を検品するために各工場から1点ずつ取り寄せる商品を、EC撮影用に手配してもらうようにしました。これは社内だけでなく社外の取引先の協力が必要なので、大手であるほどコントロールが難しくなります。
販売日をそろえられたらキャンペーンやプロモーションが同期できたり、店舗とECが同じタイミングで追加生産ができるなど、売上はほぼ確実に向上します。その後、ようやく(4)のテクノロジー活用に進んで、データ連携やポイント連携、CRM強化なども視野に入ってきます(ここで言うテクノロジーとはECのみに利用できるものは含みません)。
ですが、ここにおいてもテクニックよりも、全社のシステムやコミュニケーションを設計していく上での「思想」を作れるかがポイントになります。(1)〜(3)を順当に実行し、ブランドとお客様、そして売上を高めていくための現場感を持っていれば、自社にとっての「思想」が見えてきます。
ここまできてようやく、ツールや人的な工夫を含めた(5)の店頭接客に続いていきます。チャネルが共通化できたら、たとえば店舗に在庫がなくても「ECにはあるので当店に取り寄せますか? それともご自宅に配送しますか?」と案内できますし、「LINE(またはアプリ)登録してもらえませんか? 登録すると○○のメリットがあります」とデジタルチャネルへ誘導すれば潜在顧客を次のステップへ導くためのつながりができます。
今、(5)に進む前にブランド側の企業が抱える課題の一つはデベロッパーの理解です。特に百貨店の場合、顧客情報は百貨店に帰属するというところが多く、顧客情報の取得ができなかったり、LINEのPOPの設置すら禁止といった慣習の壁があります。また、店舗売上に対しての一定パーセンテージを家賃として設定している契約の場合は、EC売上が家賃に換算されないため、契約面を変えていく必要が出てくるでしょう。
もう一つの課題は、先のような店頭での声かけが当たり前になるように、店舗スタッフのマインドを変えられるか。全社の利益や、一人のお客様を複数のチャネルに引き継ぎながら顧客満足を高めていく、といった意識が浸透して初めて、店頭支援のITツールなども生きてきます。
もし、既に(4)から着手してしまって行き詰まりを感じているなら、(1)〜(3)を改めて考え、早期に土台作りに着手することをお勧めします。(1)〜(3)を進めるうちに視点が養われ、(4)でどういうテクノロジーが必要なのか、予算に応じた優先順位付けもできるようになります。
自社ECの成長に必要な3つの要素
自社ECとなると途端に「どうすればいいのか」と止まってしまう人が多い印象です。
EC事業を成長させる要素には、「販売手法」「在庫・MD」「集客」の3つがあります。ここでも、一般的には集客やWebマーケティングにばかり目が行きがちですが、土台となるのは販売手法と在庫・MDです。特に、在庫がなければ売れるものも売れないので、社内の誰にどのようにどんな頻度で伝えれば在庫確保ができるかなどを決め、しっかりルートを作ってECに在庫を確保することが大事です。
次に、サイトの購買体験や販促活動、決済手段、クリエイティブ、前述の店舗と販売日やキャンペーンを合わせるといった、いわゆる「売り方の工夫」として販売手法を整備します。たとえば、販売日を合わせられると、店舗と足並みをそろえて需要予測ができるので追加生産を店舗と同時にかけられ、EC単独だとロットが少ないから再生産できないという事態を防げます。
さらに、再入荷リクエストに対して返答率が高まっていくため、「リクエストすれば入手できる」という信頼にもつながります。逆に言えば、再入荷リクエストに対応できないなら、受け付けないほうがよいでしょう。
販売手法と在庫・MDの2つを掛け合わせて、顧客が訪れた際に売れる準備がある店をまず作ります。そして、集客を考えるという順番です。
おそらく、外部のコンサルタントにクリエイティブの改善や集客などを委託しても、見込めるのは10〜50%の改善だと思います。でも、社内の人がしっかりと事業部と交渉し、一体となって在庫の確保ができれば、短期的に成果が2倍以上に飛躍することも珍しくありません。
加えて、EC独自のMDができればなおよいですね。店舗とECでは売れ筋は重複しますが、微妙に傾向が異なります。ECの特徴を踏まえた品ぞろえができると、EC売上の最大化につながります。
ちなみに、モールとの付き合い方についても少し触れておくと、前述のとおり自社の戦略次第で考えは様々です。基本的に自社ECには元々ブランドが好きな人や興味がある人が訪れる反面、当たり前ですがブランドを知らない人は訪れないため、圧倒的な集客や販売力に優れたモールに比べて母数が少なくなります。その際、ある程度の認知を得ながら、売上獲得や在庫消化の選択肢として、モール出店はメリットが見込めます。生産のスケールを出し、同時にリスク分散にもなります。
私は前職ではモールしか利用しないお客様が存在することを前提としてモールに出店し、一番早くに先行予約を実施し、予約上限金額を○○円まで確保するからトップバナーとメルマガに表示してほしい、といった交渉もしながらモールでの存在感を高めていきました。双方のメリットを作り出していけば、集客を獲得することは不可能ではありません。
一方、自社でコントロールできないチャネルになるので、ビジネス戦略が明確だったり、独自の世界観でファンを構築したりしているブランドの場合、出店しない選択もあります。たとえば、実店舗がないEC専業ブランドですが「北欧、暮らしの道具店」のクラシコムさんがAmazonに出店するとは到底思えません。ECは経営戦略の一つなので、モールへの出店とその割合は、自社がどんな規模とブランドを目指していくのかを明確にした上で考える必要があります。
