SHOEISHA iD

※旧SEメンバーシップ会員の方は、同じ登録情報(メールアドレス&パスワード)でログインいただけます

MarkeZine Day(マーケジンデイ)は、マーケティング専門メディア「MarkeZine」が主催するイベントです。 「マーケティングの今を網羅する」をコンセプトに、拡張・複雑化している広告・マーケティング領域の最新情報を効率的にキャッチできる場所として企画・運営しています。

直近開催のイベントはこちら!

MarkeZine Day 2025 Retail

マーケティングを経営ごとに 識者のInsight

伝統は革新の連続 テクノロジーで進化する吉野家のブランド経営

右脳でひらめき左脳でロジックを補強

――それは! 経営とマーケティングが御社でいかに強く結びついているかがわかりますね。田中さんはアイデアマンの印象がある一方で、積極的にテクノロジーへの投資も進められ、デジタルやデータ関連のセミナーなどへも多数登壇されています。データの活用に注目されたきっかけは何でしょうか?

 元々僕は、データは好きなんですよ。学生時代からラガーマンで、今も日本スポーツ協会のスポーツ広報委員を務めているんですが、スポーツには科学が必要なんです。暗黙知を科学的に分析して形式知にできれば、種目を超えて横展開でき、日本のスポーツの価値は上がります。

 そういう背景があるので、右脳をフル活用する一方で、常に左脳で理解することも重視してきました。マーケターはまず右脳で考える人が多いと思いますが、そこに科学や安全性、しっかりしたロジックがともなわないと、売れません。初動は右脳でも、左脳で理解して説明できるレベルにすることが必要です。ですので右脳と左脳を行き来することが大切です。

 はなまるうどんに携わっていた際、それを実感したことがありました。健康をテーマに商品展開を進めていて、社内の開発担当者が豆乳うどんを発案して開発を進めていたんですね。見た目はおいしそうにできたんですが、どうしても味が当社の基準に達しない。1年目も2年目も却下され、3年目も担当者がまだ続けたいと言ったころ、あるテレビ番組と共同企画の話が持ち上がりました。

 開発に密着してくれるというので、この件を相談したところ、プロデューサーが「皆さんは香川が発祥の地だからオリーブオイルを入れて、健康の切り口から味噌を入れては?」とアドバイスをいただけたんです。女性向けの番組でしたから、その視点は視聴者の求めるものを踏まえた意見だったんですね。

自慢の一品であっても押し付けるだけならエゴ

――たしかにその要素だけで、女性が興味を持ちそうです。

 そうなんです。彼らはテレビの向こう側にいる視聴者のことをよく理解している。それって数字ではないかもしれませんが、ある意味、データですよね。視聴者、つまり受け手から見るという考え方は、テレビ局のプロデューサーに学ばせていただきました。先のアドバイスを試したらすごくおいしくなって商品化に漕ぎ着け、いざ番組で放映したら200%も売り上げが伸びた。データに僕らの技術を掛け合わせれば、まだまだ未知の分野を開拓できると実感した一件でした。

 僕らがいくら「自慢の一品です!」といっても、一方的に押し付けるだけではエゴですよね。技術だけ、情熱だけではやはり足りない。顧客の声に何度も耳を傾けたときに初めて、いいものができてくるのだと思います。

 現在はPOSデータとTポイントのデータがあるので、そこにアプリやネット上の履歴などを統合して、個々人の趣味趣向を分析できます。もちろん個人情報の法的な部分はクリアする必要がありますが、これからは共創の時代なので、僕らと生産者さん、そしてお客様もデータ拠出という点で協力してもらって、新しい価値を作ろうとしています。

 たとえば吉野家アプリに月2万円をチャージしたら、毎日店舗なり通販なりで「あなたが健康になれるメニュー」を食べられる。月2万円内で無理なく健康的にダイエットができる、そんな世界をいずれ実現したいですね。これは飲食業を再定義することにもなると考えています。

――先ほど科学という話も挙がりましたが、科学やデータを、創業120周年を迎える吉野家のブランド経営にどう活かしていらっしゃるのでしょうか?

 吉野家と科学やデータって、結びつきませんよね。でも実は、それは吉野家が昔から内包しているDNAなんです。吉野家にずっと受け継がれているDNAである「うまい、やすい、はやい」という価値観のうち、「うまい」には「おいしい/上手/巧み」という意味が込められています。味を追求する、技術の粋ですね。そして「やすい」と「はやい」は、科学で追求してきました。注文を受けて早くお出しできるのは、国内1,200店舗の規模でのオペレーションを科学で極めた結果ですし、380円という単価で提供できるのも緻密な科学が下支えしています。

「牛丼は捨ててもいい、人だけ残せ」

――なるほど、そううかがうと納得です。なぜ、その考えに行き着いたのでしょう?

 120周年を迎えるにあたり、吉野家が残すべきものと変えるべきものをじっくり考えました。その過程で、1992年から2014年まで社長を務め、“ミスター牛丼”と呼ばれる安部修仁会長に唯一残すべきものは何かと訊ねたら「人だけ残せ」と返ってきたんです。吉野家ホールディングスグループの経営理念は「For the People」だからと。僕はてっきり、牛肉の産地だとか牛丼自体が言及されると思ったので「え、牛丼を捨ててもいいんですか?」と聞き返したら「かまわない。人がいたらなんとでもなる」と言われる。これは、すごい腹の括り方だと思いました。

 伝統は、革新の連続です。牛丼を残すという手もありますが、海外の吉野家ももう800店舗を超えている現在、グローバルでの需要や食文化の変化、トレンドによって原材料は影響を受ける。となると、会長の言葉を踏まえて「吉野家の人」が何をお客様に提供すべきか、僕らの魂を改めて考えたときに行き着いた価値が「うまい、やすい、はやい」だったんです。

――さらにそれを突き詰めたら、「科学」が既にあったわけですね。

 ええ。イノベーションを起こせといわれたとき、普通は外部にヒントを探しにいきますよね。でも、持論ですが、イノベーションの芽は社内の歴史にしか絶対にない。小さくても、社内で見つけてきたDNAを磨きながら大きくしてスタッフに提示したときに「あ、これは僕らの中に昔からあったようなものだ」と思わせたら成功だと思うんです。

 外から提示された、なんとなく格好のいい青写真では、人は動きません。完璧だと思った企画でも売り上げが伸びないこともあれば、逆に少しチャレンジングなものでも売り上げが上がるときもあります。そういうときは必ず、現場が鼓舞されているんですね。1,200店舗のオペレーションは吉野家の強みですが、機械ではないので、やっぱり現場の一人ひとりに腹落ちして初めて、そのオペレーション力が発揮されるのだと思います。

次のページ
ブランドのDNAの汎用化には技術が不可欠

この記事は参考になりましたか?

  • Facebook
  • X
  • Pocket
  • note
関連リンク
マーケティングを経営ごとに 識者のInsight連載記事一覧

もっと読む

この記事の著者

高島 知子(タカシマ トモコ)

 フリー編集者・ライター。主にビジネス系で活動(仕事をWEBにまとめています、詳細はこちらから)。関心領域は企業のコミュニケーション活動、個人の働き方など。

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

安成 蓉子(編集部)(ヤスナリ ヨウコ)

MarkeZine編集部 編集長
1985年山口県生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。専門商社で営業を経験し、2012年株式会社翔泳社に入社。マーケティング専門メディア『MarkeZine』の編集・企画・運営に携わる。2016年、雑誌『MarkeZine』を創刊し、サブスクリプション事業を開始。編集業務と並行して、デジタル時代に適した出版社・ウェブメディアの新ビジネスモデル構築に取り組んでいる。2019年4月、編集長就任。プライベートでは2児の母。

★編集...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

この記事は参考になりましたか?

この記事をシェア

MarkeZine(マーケジン)
2018/08/24 13:00 https://markezine.jp/article/detail/29039

Special Contents

PR

Job Board

PR

おすすめ

イベント

新規会員登録無料のご案内

  • ・全ての過去記事が閲覧できます
  • ・会員限定メルマガを受信できます

メールバックナンバー

アクセスランキング

アクセスランキング