一人ひとりがマーケティングの素養を身につけるには
「その『意図』は人によって優先順位は違うが、私も含め、一人がすべて持っている。人ベースのターゲティングのように、どこかにフォーカスしたからといって特定の顧客を排除することにはならない」と富永氏は解説する。
一方、石橋氏のいう「ニーズステーツ」も、顧客の気持ちや状況を意味している。たとえばコーヒーを飲む必要性や必然性、あるいはモチベーションがどんなシーンにあるかを抽出し、それぞれで自社商品がどのくらい合致しているかを把握した上で、戦略に落としていく。

では、3つ目の問いとして、そうした態度を具体的に組織でどう共有し、実践していけばよいのだろうか? 「特に大きな規模の組織を率いられているお2人なので、そのアプローチについて自身の意識をどう組織に展開しているかをうかがいたい」と山口氏。
石橋氏は「組織のあり方ややり方は、やはりトップダウンで変えないとできない」と語る。ネスレではグローバルでマーケティングカンパニーを掲げ、事業部自体がマーケティング組織として成立しているため、結果的に日本での役員も半数がマーケティングに関わっている。高岡浩三社長がみずから「マーケティングとは経営、経営とはマーケティング」と提言していることでも有名だ。
同時に同社では、ボトムアップの取り組みにも注力している。2011年から社内で毎年行っている「イノベーションアワード」は、社員それぞれが自身のカウンターパートの問題を発見し、その解決策を考え実践し検証するまでを求めるものだ。受賞したアイデアは、翌年に組織的に実行する。昨年は2,500人の社員から4,800件が集まった。
この取り組みは、本人が周囲を巻き込んでリーダーシップを発揮し、周囲や上長はそれをサポートやコーチングし、さらに役員を含め審査する側にはビジネス的な可能性を見極める能力が求められる。「ある意味、トップからボトムまで全員にとってのトレーニングスキームになっている」と石橋氏は位置づける。
相手に働きかけ、態度や行動が変わることは「喜び」になる
富永氏は、前述の「常に『なぜだろう』と考える姿勢は部下やパートナーにも促せる」としながら、一人ひとりの自発性を引き出す独自の考えを語る。ポイントのひとつは、「コンサルがスーツを着て横文字で解説するような“大上段”に構えないこと」だという。
同氏が考えるマーケティングの大事な要素とは、自分で「こんなふうにしたらいいのでは、おもしろいのでは」と考え、仮説を立てて実行することだという。
「仮説をもとに考えた企画がウケたら、めっちゃ嬉しい。そういうコミットを、社内の小さなプロジェクトで感じさせてあげると、その人は喜びを覚えてまた繰り返したくなる。その上で彼や彼女に『これがマーケティングなんだよ』と示唆すると、マーケティングが好きになる。また、そもそもマーケティングとは人の認知や態度や行動を変えることだから、人の意志決定や行動のバイアスを説明すると興味を持たれることも多い」(富永氏)
両氏に共通していたのは、組織としてマーケティングを体得するためには概念から入らず、実践をベースにして小さな成功体験を積むことだ。富永氏が「自分の働きかけが売上増など、マーケティングらしい成果に結びついたらもちろんうれしいが、別の問題解決に帰結してもいい。人に働きかけることの根本を使って考え、バリューを生み出すことが大事だろう」と語るように、マーケティングの本質と普遍性を理解するセッションとなった。