採用後のミスマッチを軽減し、企業成長を加速
ただし、こうした変化も悪いことばかりではありません。見方を変えると、企業と就職希望者のミスマッチが少なくなるというメリットがあります。就職希望者は時間をかけ、あらゆるチャネルを使ってその企業の様々な情報を調べられるようになったため、入社したい企業に関してはより深く理解できるようになります。
こう考えると、これまで「採用期間」と考えていたフェーズを、実は社員教育の期間と捉えることもできます。就職希望者により詳しく自社のことを知ってもらい、理解を深めてもらうために、教育期間として情報を提供し続けるわけです。今、マーケティング分野では、将来の顧客に対し、自社製品やサービスの良さや特徴について様々な情報を提供し、理解を深めてもらうことでニーズを醸成するやり方が増えていますが、こうしたアプローチは採用活動においても有効なのです。
加えて、採用とマーケティングは本質的な部分で類似点があります。それは、商品・サービスを購入してもらうことも、応募から入社という採用活動も、どちらも「自社の認知→興味喚起→比較検討→行動→意思決定」というプロセスで形成されているという点です(図表1)。

冒頭で述べたように、マーケティング的アプローチを採用活動に適用することで、就職希望者は企業をよく理解した上で入社しますし、ミスマッチが大幅に削減できます。意思が高い人材が入社するので、入社後の活躍も期待できるでしょう。そうした活躍をエンゲージメントとして捉え、これを高めていく活動を続けることで、企業の成長にもつながります。
採用マーケティングのファネルとは
具体的に採用マーケティングを考える上で参考になるのが、マーケティング分野で使われているファネルです(図表2)。

まずは採用までの流れとして、「認知→興味→応募/選考→面談/面接→オファー」があります。このファネルは、ターゲットとする人材層から内定者まで絞り込んでいくプロセスであり、入社希望者すべてに適切にコミュニケーションを進める活動が主となります。それには当然、ITの力が必要になります。
まずターゲット層に認知してもらうため、メッセージを発信するコンテンツ基盤が必要です。そしてメッセージを通じて集めた候補者のデータを統合管理するデータベースを構築しなければなりませんし、そうした候補者とOne to Oneでコミュニケーションし、自社の理解を深めて応募につなげるツールも必要になります。マーケティングで考えると、ランディングページを用意し、興味を持ってクリックした人(リード)を収集してMA(マーケティングオートメーション)ツールでコミュニケーションするという流れになります。
採用以降は、「内定承諾→入社→受け入れ→活躍→ロイヤリティ」のファネルとなり、これは入社した方(マーケティング用語でいえば、購入者/顧客)のエンゲージメントを高めるプロセスとなります。つまり人事部は、入社人数だけを追うのではなく、「その人は本当に自社が必要とする人材なのか」「適切にターゲット層にアプローチできていたか」「内定辞退者に対しても、将来の転職機会につながるようにコミュニケーションを取っているか」など施策の質的な評価から、「入社した人が企業に貢献し、ロイヤリティを向上できているか」という従業員ロイヤリティまで、採用活動から入社後の人材評価に至るすべてのプロセスに対して目標値を置くことになるのです。なお、入社した人材のロイヤリティを追っていく考え方も、マーケティングでいう「顧客ロイヤリティ」の考え方と同じであり、ツールを活用して従業員ロイヤリティを可視化できます。
冒頭にも述べたように、多くの人事部では「人数」をKPIとして設定しているでしょう。仮に「20人採用する」というKPIがある場合、まず応募者を1,000人集め、その中から20人に絞り込んでいくというケースが一般的だと思います。
ですが、コストや効率を考えると、自社が希望する人材に広く採用の事実を認知してもらい、その中から「入社したい」という人を20人集め、その20人に入社してもらうほうがベストです。知名度だけで、自社に何の興味もなければ適性も合わない人に数多く応募してもらうより、求める人材像を明らかにし、そのターゲット層に向けてメッセージを発信して応募を促していくほうが、入社後のパフォーマンスも期待できます。
そもそも国全体が人口減少フェーズに入っているなか、母集団を大量に集め、採用人数を絞り込んでいく手法は限界を迎えています。こうした点を考えても、マーケティングで理想とする顧客像(ICP:Ideal Customer Profile)を定義するように、ターゲットしたい層を明らかにし、そこに向けてメッセージを出す採用マーケティングは今後ますますニーズが高まると考えられます。今は過渡期と言えるでしょう。人事部のKPIも、人数ベースから徐々に変化していくはずです。