インバウンド需要に応えるため越境ECを開始
仲里:DXを推進するなかで、SANYO iStoreや一部の海外モールサイトで越境ECにもいち早く取り組まれていますよね。
安藤:そうですね。越境ECも、顧客の選択肢を広げるための1つの施策です。これまでは、海外の方が当社の商品を買う場合、日本の店舗に来てもらうしかありませんでした。しかし、それではあまりにも不便ですよね。世界中どこにいてもスムーズに商品を購入いただける環境を構築したいというところから越境ECへの取り組みがスタートしました。
花輪:あとは、ブランド認知を強化したいという狙いもあります。海外ECモール「Farfetch(ファーフェッチ)」に一部商品を展開しており、一定の売上は立っているのですが、あくまで商品単位で気に入って購入いただいているだけなので、ブランド自体の認知は進んでいない。せっかく良い商品を作っても、私たちが作り手だと認識されないのでは、ファン化するのは難しいですよね。
仲里:やはり、海外からの引き合いも多いんですね。

花輪:はい。インバウンド需要の取り込みは、重点課題の一つです。銀座には海外顧客に対応した直営のフラッグシップ店舗もあります。オンライン・オフライン合わせての売上の20%が、インバウンド売上で占めるまでになってきています。
安藤:オンラインに限定すると、2018年は、前年と比べて自社ECサイトへの海外ユーザーの訪問数が1.7倍に増えていました。しかし、せっかく日本のECサイトにアクセスしていただいても、これまでは海外対応できておらず海外ユーザーは商品を購入できない状態でした。海外のユーザーにとっては、不満の多い状態になっていたので、何とかこれを解決しなければならないという思いがありました。
越境ECで得た知見をもとに海外展開を推進

仲里:今年4月からSANYO iStoreを通じて越境ECを始められたわけですが、現状一番良かったと感じる点はどこでしょうか。
花輪:先にお話ししたDXを通じて、国内のお客様に対しては、適切なコンタクトポイントを設定し、適切なコミュニケーションが行われるようになってきました。つまり、それらが私たちの目指すテイストや世界観であり、自社で越境ECを始めるにあたっても、ECサイトだけ海外のお客様に合わせてデザインやコミュニケーションを変えるというのはおかしい、と思っていました。
その点において、自社ECサイトをそのまま活用して越境対応できるシステムを導入し、決済や物流はお任せするような形で取り組みがスタートできたことは良かったと思っています。自力ですべてやろうとすると時間も費用も掛かるので、最適なパートナーと組んで様々なテストマーケティングを重ねているところです。
仲里:越境ECも様々な手段がありますが、社内で比較検討されたのでしょうか?
花輪:先程もお話しましたが、既に一部ブランドで「Farfetch」に出店を始めていました。成果は出ているものの、このまま海外プラットフォームへの出店を繰り返しても、データを自社で持つことができないので、スピーディーに打ち手が立てられません。自社サイトを越境対応する道を選んだのは、自分たちで購入国や購入単価などのデータが把握できマーケティングをコントロールすることができるからです。これらのマーケティングデータを活用して、今後は海外ユーザー向けの集客や認知向上にも積極的に取り組んでいきたいと考えています。
仲里:自社サイトを越境EC対応化されてみて、反響はいかがでしたでしょうか?
安藤:これは私たちも驚いたのですが、サービス開始した初日からオーダーがありました。購入単価も国内比の2倍で、セール商品ではないプロパーの商品が売れています。それから、アイテム別ではボトムスの売上比率が高く、国内ECとは異なる傾向が出ました。
また、店舗への来店が多い中国やアジア圏のお客様からのオーダーが多いだろうと予想していましたが、実際は米国からの注文が圧倒的でした。こういったデータが初めて取得できたことに価値を感じています。これをMD(マーチャンダイジング)に活かしていく方法を考えることが我々の仕事だと思っています。
仲里:越境ECで得た知見をもとに海外向けの商品開発や展開に活かされていくのですね。最後に、今後の展望を伺えますか?
安藤:DXは、三陽商会とお客様とのエンゲージメントを高めるための手段の1つだと捉えています。もちろん、売上やLTVの向上も重要ですが、どれだけお客様とコミュニケーションできるかが一番大事だと思います。新しい洋服が欲しいなと思ったとき、すぐに三陽商会を想起いただけるような方を一人でも増やしていきたいですね。
花輪:今後、全社員が同じ視点で顧客動向を考えられるような状態を目指したいですね。現状、AIカメラなどで少しずつユーザーの行動データが蓄積されてきてはいるものの、全社的にアクセスできる状態ではありません。
本来は、現場スタッフ、部門長、経営層など全社員が、顧客の行動データを把握し、顧客が何を求めているのかを考えられるようになることが最適だと思います。そのような状態を目指し、少しずつその土壌を作っています。
取材後記(ジグザグ・仲里氏)
経営戦略を“絵に描いた餅”に終わらせない、気迫と本気度がひしひしと伝わってきました。マーケティング施策と越境EC対応、すべてにおいて「徹底的な顧客志向」を貫き、それぞれに明確な方針を打ち立てられています。老舗企業のイメージを覆す、データやテクノロジーを活用したマーケティング先進企業に変貌を遂げる三陽商会様に今後も更なる注目が集まりそうです。