IoT搭載の美容機器がどう使われるかを調査
――IoT技術によって、ユーザーの利用データや肌データを集められるわけですよね。化粧品ブランドにとって極めて貴重なデータだと思いますが、既存ブランドとどのような違いが生まれていますか?
ご指摘のように、非常に独自性のあるデータを収集できています。その分析から、アルゴリズムをブラッシュアップし続けたことで、個々人の毎日・朝晩のスキンケアのパターンもベータ版提供時の約1,000パターンから8万パターンに本格展開時には増やしています。これもベータ版で収集したデータから導き出した現段階での最適なパターン数なので、今後の分析でまた調整していくつもりです。
利用データという点では、従来よりも深いCRMが実現しつつあります。購買データの収集も高度化しているので、最近ではいつ誰が何を買ったかがかなり捕捉できるようになっていますが、購入後にどう使っているかはわかりません。オプチューンはユーザーの利用ログが毎日取れるので、これまでの化粧品販売ではできなかった「継続利用のためのCRM」を実践できるようになりました。これは非常に大きいことですね。
また、そもそも新しいビジネスモデルの開発が念頭にあったわけですが、実際にまったく新しいモデルを確立しつつあると思います。通常の物販は、ロイヤルユーザーほど数が少なく潜在顧客ほど多い、ピラミッド型の顧客構造になっています。そうすると、トライアルとリピート管理によって上位層を増やすマーケティングが重要になります。
一方、オプチューンはサブスクリプション型の仕組み上、たまに使うライトユーザーがほぼいないので、ロイヤルユーザーが多く下位層が少ないT字型の顧客構造になり、解約率管理がマーケティングの中心になると考えています。解約率低減の“方程式”は今まさに探っている最中ですが、CRMを進化させることで、いずれ導き出せるはずだと確信しています。
プロジェクトオーナーに社長を据えて速度上げる
――前半で、これまでの「同じ量を使い続けてください」というアプローチを転換したというお話がありました。ベータ版の運用も、御社ではあまりないことだと。そういった展開に踏み切れたのはなぜでしょうか?

確かに、オプチューンの開発にはこれまでのセオリーになかった様々な新しいトライがありました。5人ほどの現場コアメンバーの尽力、また総勢50人以上の外部パートナー企業の方々の協力ももちろんですが、既存のセオリーを覆してこのスピードで実現できた要因は、社長の杉山にプロジェクトオーナーになってもらったことだと思っています。
新規性とスピードを考えると、通常の稟議を通していたのでは難しいと考え、杉山とダイレクトに進める形としました。杉山が「資生堂は145年(※2017年のオプチューン開発発表当時)の歴史の中で常に過去を更新してきたから、このプロジェクトで伝統的な美容法やチャネルから逸脱してもかまわない」と強く打ち出したことで、イノベーティブなチャレンジが可能になったと思います。
――現在のプロモーションと、手応えをうかがえますか?
本格展開では、30〜40代女性が中心ながら20代女性や一定数の男性層にも受け入れられているのが意外でした。これだけでスキンケアが完了するので、合理的な点がメリットとして映っているようです。
新しい仕組みなので、主要都市でのポップアップイベントや、浜松町の資生堂ショールーム「S/PRESS」などで体験機会を提供しています。ユーザーの動作としてはとてもシンプルなので、体験後の申し込みは想定以上です。一方、開発発表から現在までのメディア掲載、ネット上の口コミ増加もあり、体験を経由しない申し込みも伸びています。解約料無料のキャンペーンなど、申し込みのハードルを下げる施策も並行して展開中です。
化粧品カテゴリをリードするブランドに
――オプチューンで得られるデータや、このビジネスモデルの他ブランドへの展開はあり得ますか?
はい、今はまだ足元のブランド確立に集中していますが、十分あり得ると考えています。実際、グループ内ではグローバルで注目を集めている状況です。カートリッジの中身とアルゴリズムを変えれば、水平展開も可能です。もちろん、ブランドごとにマシンのデザインを変えたいなど、むしろ既存ブランドへの応用のほうが難しい可能性もあるかもしれませんが、オプチューンの知見は積極的に共有していきたいです。
――最後に今後の展望をお聞かせください。
直近ではユーザー数を増やしながら、アルゴリズムのチューンアップに注力していきます。構想としてはいずれ、利用データからカートリッジの生産・在庫管理につなげたいと考えています。並行して、前述の他ブランドへの応用も実現したいです。
中長期的には、冒頭でお話しした“BaaS-Beauty as a Service”の筆頭ブランドになり、化粧品カテゴリでのサービス型のビジネスをリードしていきたいですね。たとえばスキンケアだけでなくファンデーションなどにも広げられるでしょうし、今はアプリがインターフェースですが音声にも可能性があると思います。また、プログラム化されたアルゴリズムではなく、AI技術の投入もあるかもしれません。
今年4月、資生堂は新たに「BEAUTY INNOVATIONS FOR A BETTER WORLD(ビューティーイノベーションでよりよい世界を)」をミッションに掲げました。化粧品カテゴリへのデジタル技術の展開は始まったばかりなので、今後もスピード重視で試行錯誤を続けていきます。