旅の意味や機能から見えた深いインサイト
福田:ただ、データインフォームドな仕組みも日本型、あるいはアジア型になるのではないかと思っています。というのも、トリップという言葉の原義を地域別で見ていくと、日本では「お宮参り」のようなものだったり、欧米諸国では「滞在先でのバケーション」「自分の暮らしを持ち込む」という概念だったりします。ここには出生の違いによる、おもてなしのニュアンスの違いがあると思うのです。
エンドユーザー側から見ると、このような概念の違いから国によって求めるヒューマンタッチが異なるではないかと思うんですが、グローバルブランドであるヒルトンとしては、この差異をどのように見ていますか?
ホルト:ヒルトンのルーツに、ビジネストリップで貯めたポイントを使って家族旅行ができる仕組みがあります。欧米圏では浸透しているものの、アジアや日本ではポイントを使って何かをするという傾向があまり強くありませんね。
旅行に求めることで言えば、以前オーストラリア政府観光局で大きなキャンペーンを実施した際に「本当の自分に戻してくれる行き先、場所である」という趣旨のキャンペーンメッセージを作りました。当時の映画に着想を得て、「旅行に行った先で自分がどうなるか、どういう自分にしたいのか」を考えた時の「行った先で本当の自分に戻りたい」というインサイトに基づいて考案したものです。
山上:日本では温泉に人気がありますが、ホルトさんの言うような本来の自分に戻りたいという気持ちが絶対に影響しているでしょうね。
福田:「自分を再生する」機能は確かに感じますね。それとは少し異なりますが、日本にはハイブランドの外資系ホテルに女性がシングルで泊まりに行く事例が一定数あります。開放感を求めるというよりも「ご褒美」として捉えている方々です。
「行って宿泊する」以外の機能を求める気持ちがインサイトとして深いところにあるため、その体験のためにCRM上で何ができるか設計する必要があると考えています。
――データ活用というと個人情報保護への配慮が不可欠になります。日本においては法規制がまだはっきりしない部分もありますが、顧客やそのデータと向き合う上でマーケターに求められるスタンスはどのようなものでしょうか?

好奇心をくすぐるマーケティングを仕掛けるために
――ホテル業界と旅行代理店業界ではマーケティング上のアプローチも変わってくると思われます。旅行業界の顧客インサイトを探求する上で、どのような点に留意されているのでしょうか?
山上:旅行に行く時って、必ず「○○の場所に行きたい」というよりも、リフレッシュしたい、ストレス発散したい、自分を取り戻したいといった基準で探すことが多いと思います。だからこそ、お客様が旅行に求めるインサイトを捉えることが大事。
そう思いつつ、最終的には旅先を決めるところに絡まないといけないので、具体的な施策に落とすためどういう分析をすれば上手くいくのか、模索中です。そうしてどこかへ旅行に行こうと思った時に役立つ形で寄り添えると、JTBを利用しようと思ってもらえるのではと感じています。かなり理想論かもしれませんが。
ホルト:旅行ビジネスを今以上に革命するには、人間の心理的な部分を突いたマーケティングが必要でしょう。旅をしたいと思ってもらうには、新しいところにチャレンジする精神、好奇心が大切ですが、特に若い世代の人たちは今、それが違うポイントに向かっている。旅に興味がなかったり、バーチャルで満足してしまったり。
それを打破するには、個人的には教育からはじめることが必要で、新しいことに好奇心を持つことがどれだけ素敵なことなのか、個性を持っていいんだよということを教えていくべきなのではと最近考えているところです。
旅行の良さは行けば気づいてもらえるでしょうが、行くことを考えない人にどんなにコミュニケーションを取っても響きませんから。
山上:JTBでもバーチャル旅行を楽しめるコンテンツを用意したりもしますが、リアルなものと置き換わるものではないですよね。旅行先で感じる匂いや雰囲気、時に起こるハプニングなど、それらの楽しさをわかってもらえるための施策を考えていければと思います。
対談を振り返って、福田さん・山上さんからのコメント
お客様がどのような体験をしたいかを考える観点は、ホテル業界でも旅行業界でも、さらにはワイン業界でも同じで、唯一無二の大切な視点だと感じました。
データセントリックではなく、インフォームドという観点についても、人の購買心理にどのように近づくか、といった点において似通った視点があったと思います。
また、旅行ビジネスの革命には好奇心を持つことがどれだけ素敵かを教えることが必要というお話は「人はなぜ旅をするのか」という本質に迫るものではっとさせられました。