「効率化だけに使うのはもったいない」コマースのAI活用
――これまでAIについての話題がいくつかありましたが、現在のコマース業界におけるAIの活用状況はどうなのでしょう?
石﨑:弊社も含めて業界全体で実装の直前というところだと思います。
Web広告の分野では、クリエィティブ制作に生成AIを用い制作コストを下げて、豊富なバリエーションを用意しA/Bテストをする、という施策を行っている企業もあります。
ただ、プロモーションの効率化のみにAIを活用するのは勿体ないし、部分的な最適化にすぎません。そのため、博報堂DYグループでは、新たなAI活用を模索しています。
森:博報堂DYグループでは、生活者と社会に資するAIの活用やソリューションの開発を行っています。最近では、博報堂がChatGPTを活用し、ペルソナの構築を手伝ってくれるソリューションを開発しました。
このソリューションでは、事前に意識調査によって導き出された7,000のペルソナをChatGPTに学習させ、そこに企業様のデータを組み合わせることで、その商材に合ったペルソナを生成することにもトライしています。
個人のデータを抽象化した7000のペルソナを使うため、個人のためプライバシーを守りながら、精緻なペルソナを生成することができます。
このように利便性や効率性だけでなく、人の可能性や創造性を高めて新しい価値の創造につながるAI技術を追求すべく、博報堂DYグループでは4月より人間中心のAI技術の先端研究開発を行う「Human-Centered AI Institute」を設立し、研究開発をさらに進化させようとしています。この成果に関しては、コマース領域でも取り入れていくことを考えています。
3名の考えるマーケティングとコマースの近未来
――最後に、マーケティングとコマースの近未来がどうなるか、展望を聞かせてください。
原:パーソナライズされた心地よい購買体験が実現できる世界がそこまで近づいてきていると感じます。
顧客理解を深めるための武器としてデジタル・データ・AIが着実に進化してきており、これらを最大限に活用することで、顧客に大きな負担や手間をかけさせずに、体験価値を上げる。そのために企業側は、マーケティングとコマースが一体となり、顧客体験を設計していく必要があります。
特に森さん、石﨑さんのお話を聞いて重要だと思ったキーワードは「顧客の“抽象化”」というキーワードです。この抽象化、つまり精度の高いペルソナを効率的に作ることが今までは難しかったのが、今後はデータ・AI活用によって格段に作りやすくなると期待しています。
デロイト トーマツも、生成AIの技術体験と活用構想の場として「AI Experience Center」を開設しますので、こうした場もぜひご活用頂きたいですね。
石﨑:近未来にChatGPTの登場で起こるかもしれない展開として、顧客が自分でパーソナライズして商品を購入する展開です。
これまでのパーソナライズは、企業側が収集したデータを用いてロジックを組み、その中で最適であろう商品を提案してきました。
しかし、ChatGPTを活用すれば、顧客自身がチャットで「こういう課題があるのだけれど、解決する商品はない?」「こういうことしたいんだけど、何が必要?」と聞いて答えを求めることができます。学習して精度も高くなれば、自分の欲しい商品と簡単に出会えるようになるかもしれません。
生活者視点で考えたときに、コマース=買い物とは本来楽しいものです。今後企業は、技術を活用して顧客の楽しいコマース体験を作りながら、商品の購入につなげていく視点がより必要になっていくのではないでしょうか。
森:ChatGPTによるパーソナライズには大きな可能性があって、顧客ごとにパーソナライズされたECサイトの生成も技術的には可能なところまで来ています。
従来のパーソナライズは、企業が設けた枠組みの中で、生活者の気に入ったものがあるという状態で、実際のニーズとの乖離が課題でした。
しかし、AIなどの技術を用いつつ、オンライン・オフラインが融合したマーケティングとコマースを実現すれば、生活者が本当に望んでいたライフスタイルが叶えられるようになるのではないかと感じています。