解説:Z世代が持つインサイトの背景と、彼らが抱えるジレンマ
現状を肯定することは、個人の「主観的幸福」をある程度高めることができると言われています。心理学者のジェイミー・ネイピアが23ヵ国の約2万人を対象に、差別に対しての意識調査を行ったところ、ジェンダーギャップが大きい等、差別が色濃く残る国の人ほど、「自分は差別をさほど感じていない」「その問題は深刻というほどではないと思う」などと答える傾向が確認されたそうです。これは差別で不利益を受ける側の女性やマイノリティ側も含めて、同様の回答をする人が少なくなかったと報告されています。
辛い現状から目をそらす、もしくは気づかないままでいることは、個人の「主観的幸福」を保つことができるかもしれないですが、「社会全体の幸福」を実現するためには、複雑かつ難しい道を歩まなくてはいけません。
このジレンマに現在直面しているのが、正にESDという教育を幼少期の価値観形成期から受け続け、「変わらなくてはいけない現実」と、実社会の「変わらない現実」を知っているZ世代なのかもしれません。
ESDの第一人者として「持続可能な社会の創り手」を育成し続け、学生達と実際に接し続けている阿部教授のお話からも、その事実を垣間見た気がします。日本のZ世代の価値観に影響を与えたESDの注目すべき点と共に、彼らの抱えるジレンマを以下のポイントから考察します。
(1)「消費者としての社会的責任」に対する確実な意識と「流行」へのジレンマ
2005年から本格的に始まったESDですが、特に注目すべきは2012年の「消費者教育推進法」の成立によって「消費者としての社会的責任」に対する教育が始まったことです。消費者として「自立」と「責任ある行動」が必要であると学んでいるZ世代は、企業の社会的責任を見つめ、時には声を上げることの重要性を無意識に意識しています。
実際に、2019年にマッキンゼーがAPAC(オーストラリア、中国、インドネシア、日本、韓国及びタイの6ヵ国)で16,000名以上の消費者を対象におこなった調査(PDF)では、各国において、Z世代の60%から80%が、メーカーやブランドは「自社の商業活動における環境的責任を担うべき」と考えているということもわかっており、調査結果全体からも持続可能(サステナブル)な消費行動を意識していることが明らかになっています。
一方で、「価格が高くても環境に優しい製品を購入する」というZ世代は、オーストラリアをのぞいたAPAC諸国において、現状ではミレニアル世代よりも低い傾向にあります。これは持続可能な消費と「流行に乗りたい」欲求との間に強い相関性があることがわかっていると報告されており、若者特有の流行への敏感度と社会責任に対するジレンマを見ることができます。しかし、確実に「社会的責任に対する消費行動」は彼らにとってのステータスの一つとなっている傾向は読み解くことができます。

(2)「自分ごと」意識からの社会に対する危機感とあきらめのジレンマ
阿部教授から伺った家庭科のチョコレートの話や、地域密着型の環境教育などの事実も含め、Z世代は自らの生活に身近な物事から社会課題を「自分ごと」として捉えていることがわかりました。このまま放置していては、自分たちの未来はないという切実な危機感から、実際に変化のための行動を起こす人も増えてきています。
環境保護運動組織「Extinction Rebellion」の呼びかけで始まった、52週間(1年間)新しい服を買わないファッションボイコットキャンペーン「#boycottfashion」が、Z世代を中心に支持を集めたことなどは、記憶に新しい人もいるかと思います。

一方、記事中でも取り上げたように、日本財団が18歳を対象に行った調査では、日本の9割もの若者が未来へ希望が抱けておらず、他国に比べて将来に対する希望が異様に低いという現実は見過ごせません。デロイトトーマツが2019年に行った調査(PDF)でも、日本や欧州のZ世代が他国に比べて未来へ対して悲観的に捉えていることが報告されています。
日本のZ世代は、このままではいけないという「危機感」を持ちながらも、変わらない社会システム、忖度文化、決して先行きが明るいとは言えない経済状況の実情を、冷静に客観的に見つめているように思います。SDGsネイティブな彼らは、企業の信念の在り方や質も見抜いているのです。
そして、彼ら自身が、信念に従って行動を起こすことで突き抜けるか、実情にあきらめ安定を求めてやり過ごすべきか、その見極めを模索しているようにさえ感じます。
日本はジレンマを打破して突き抜ける若者を受け入れられるか
今回はESDを通して、Z世代の価値観について考察をしてきましたが、前述したようなジレンマをどのように解決していくかによって、Z世代こそが多様な個人の価値観をさらに強めていくように思います。「消費者としての社会的責任」に対する教育は「自分をもつ」肯定感もインストールしているのです。
そして、私たちが意識しなくてはいけないのは、世界の人口におけるZ世代の割合は32%(2019年)に達しているのに対し、日本は少子高齢化の影響で20%にも満たないということです。
ジレンマの壁に当たりながらもそれを打破し、より良い社会システムを新たな思考で築いてくれる、突き抜ける若者達は必ず増えてきます。その時に問うべきは、日本の人口の大多数を占めるZ世代以降の、個人の「主観的幸福」に甘んじている人たちが、彼らを受け入れることができるのか? そして共に学び、「難しい道」へのチャレンジできるのか? ということです。変化の時代を牽引するマーケターこそが、彼らがジレンマを打ち破るような刺激をカタチにし、リードすることを切に願います。