イントラをCMSで高度化、従業員とのつながり強化
2020年11月、ウォルマートのダグ・マクミロン最高経営責任者(CEO)は「コロナ禍で生まれたデジタルを活用した新しい消費行動は大部分が今後も持続する」という見解を示した上で、「そのためには店舗の強みとデジタル化を組み合わせることが必要である」と語っている(日経ビジネス「ウォルマートのデジタルシフト 成功に4つの要因」)。
その証拠に、2020年9月にはAmazonを意識した即日配送などを含むサブスクリプション型の「ウォルマート+(プラス)」の導入や、ネット通販の強化を進めており、第3四半期では前年比79%増まで伸長している。この背景にあるのが、同社の設備投資においてIT領域が占める割合の拡大だ。
2019年度時点で、ウォルマートの設備投資の半分以上はEC・ITに充てられている(日経ビジネス「ウォルマートのデジタルシフト 成功に4つの要因」)。さらに2020年2月に発表した第4四半期(2020年11-1月)の決算を見ると、2022年度の設備投資額は140億ドル(約1.47兆円)近くある。2019年度からのトレンドが続いていると考えると、まさにデジタルを経営の救済者としてDXに本腰を入れ、Amazonら競合と伍して戦う環境を整えていると言えるだろう。
ここまでの話は皆様もご存知かもしれない。顧客獲得競争が激化する中でDXを推進することは当たり前とも言えるだろう。ここからの戦いはデジタルを活用したCXの実現が必要不可欠であるからだ。しかし、今回のAdobe Summitで感じた彼らのさらなるすごさは、店舗スタッフも含めた従業員と会社をつなぐイントラネットのクオリティの高さである。なんと、従業員とのつながり構築にAEMを導入しているのだ。
ウォルマートでDirector of Campaign & Creative Technologyを務めるポール・ブカーロ氏は、「お客様向けのデジタルサービスを完璧なものとして提供するために、『店舗スタッフが店内でスマートフォンを活用しながら仕事をすることが当たり前の環境』を提供している」という。そのためには、CXにデジタルが不可欠なように、従業員体験においてもデジタルが必要であり、オムニチャネル領域で数年前から理想とされている「Frictionless(フリクションレス、摩擦のない環境)」は、労働環境にも不可欠であるという。
顧客体験の最前線にいる従業員
AEMを活用すれば、店舗スタッフのレベル、入社からの日数に応じたコンテンツの出しわけも可能。HRの情報から、従業員向けのクーポン提示まで、従業員といつでもデジタルでつながれる環境を構築しているのだ。
EXをここまで実践する企業が世界にどのくらいあるのか、筆者はわからない。やりすぎではないか、と思うかもしれない。しかし、従業員も小売業にとっては顧客である。さらに、AEMで一般の顧客に提供できることを従業員にまで提供していくことは、経営の中心にデジタルという最強の武器を提供することと通じていると筆者は思う。
Mobile Shopper Marketing研究の先駆者とも言えるテキサスA&M大学のシャンカー教授らは2016年には下記のような図を示し、デジタル化で先行する顧客への対応において、デジタルが従業員のための有効な武器であり、また顧客体験作りに寄与するツールであることを提唱している。
この図ではあくまで、店舗を訪れる顧客にいかにデジタルで対応し、その最前線にいる従業員をどう応援、評価すべきか、経営資源をCX実現のためにどう配分すべきかを解説しているが、ウォルマートはさらにその先を行っていると言えるだろう。このような従業員体験(EX)を徹底して行なっているウォルマートはもはや、単なるデジタル化を志向するオフライン小売業ではなく、まさにIT企業なのである。
コロナ後の世界においても、ウォルマートはGAFAのようなIT企業に対抗できるだけのデジタル体験創造企業であることを忘れてはならないし、このような底力が彼らの企業力なのだと痛感させられた。また前述のような取り組みは、デジタルを使って従業員の生産性を高めることが、労働環境に存在する不確実性や不透明感を払拭し、その結果、小売業の現場における変化対応のスピードを上げることを示している。このような実践事例を日本でも作っていく必要があるだろう。